ジム帰り。心地よい疲れを感じながら、ふらふらで歩いていたら、近くに住んでる友達に数年ぶりに会った。
「やけににやついてるヤツがいるけど、あれ、○○だよな~」と思ってたみたいけど、声をかけてくれた。
にやついてた、確かに。がんばった感に自己陶酔。「このまま~」みたいな妄想。がんばってるときって夢が膨らむもの。
で、近況報告。
あいかわらず、楽しいことやってるな~。と思って嬉しくなった。
私も好きなことから離れられない。離れなくてもいいかなと開き直ってさえ、いる。
「変わらないね」といわれて、それもまた嬉。アンチエイジング効果かな~。
とにかく、久々に昔の友達に会ったことを噛みしめたくて。忘れないうちに留めておこう、と。ありがとう!
最近、ほぼ日の松尾スズキと糸井さんの対談を読んでいる。
今日読んだ記事の中での話。
好きなことやりたくて、そこに入ったのに。辞めていく人の言い訳が、
「好きなことやりたいんで、辞めます」ってどういうこと?と書いてあった。
確かに、好きなことやりたくて、劇団にはいってきたのにね。その疑問、矛盾は正論だと思う。
でも、なかなか貫けるって難しいんじゃないだろうか。
もちろん、渦中でどんなに泥みたいなことやってても、好きなことなんだから、やることが苦ではない。
熟考してやることもあるだろうし、直観で始めることもあるだろうが、どっちが長く続くとかは、やっぱりそのものに対しての愛情の深さなのだろう。努力もあるのかなぁ。
苦しさの中で楽しむことを忘れてしまったのかもしれない。
自分のこれだけはという部分が、苦しさによって侵食されてしまったのかもしれない。
心はたまに折れる。
折れたときに、やっぱり好きか、どうしてもダメか、そのさじは自分次第で。
折れたからって、矛盾しているからって、諦めてしまうほうが、なんだか人っぽい気がする。
私もそうして以前あきらめてしまった。だが、今また、どうしても。
チャンスが訪れるなら、もう一度チャレンジしたいと思っている。
そのおかげで、過信に対してブレーキが利くようになったし、謙虚でいたいと思うし、感謝したいと思えるようになった。よく忘れるけど、たまにこうして思い出せる。
過去を「これでいいのだ」と肯定しながら、リスクも承知した上で「でも、やるんだよ」と、やってこうと思う。
失敗したときに支えてくれた人にちゃんと謝って、でもありがとう、って言いたいな。言えたらな。
移ろいやすい人の思いが、ずっと続くというのはもう奇跡だろうな。
だから続けてきたことを軌跡と呼ぶのかな。なんかいいな。
蓄積されていくものが、あきらめの種ではなく、これからの糧になるように。
疲れも心地よいぐらいがいいな~。