退屈だった開幕戦から2週間が過ぎ、舞台はオーストラリアのメルボルンに移りました。

開幕戦のあまりの退屈さぶりに、タイヤ交換2回義務付けにしたら?などの話が持ち上がりましたが結局は話が進展しないままにオーストラリアにやってきてしまいました。
またまた退屈なレースが繰り返されてしまうのか?という不安を胸にフリー走行が始まりました。

1回目はこれまで目立たなかったルノーのクビカがとりあえずトップタイムを叩き出してきました。
ロズベルグが2番手、バトンが3番手、マッサが4番手…と2位以下はいつものメンバーが固めていました。
シューマッハはちょっと不振の12番手。本領発揮は2回目のフリー走行以降か?

まぁフライアウェイラウンドですし、あまり大きな変化は望めないですが、何ていったって荒れるオーストラリア。波乱に期待しましょう。


オーストラリアGP フリー走行2回目 トップ10リザルト

1位 クビカ(ルノー)
2位 ロズベルグ(メルセデスGP)
3位 バトン(マクラーレン)
4位 マッサ(フェラーリ)
5位 ベッテル(レッドブル)
6位 アロンソ(フェラーリ)
7位 ハミルトン(マクラーレン)
8位 ブエミ(トロロッソ)
9位 ペトロフ(ルノー)
10位 リウッツィ(フォースインディア)

以下
12位 シューマッハ(メルセデスGP)
18位 小林(ザウバー)
シューマッハの開幕戦は予選7位、決勝6位。
チームメイトのロズベルグは予選5位、決勝5位。

シューマッハの開幕戦でのパフォーマンスには厳しい意見を述べていたり、将来の希望は明るいと肯定的な意見を述べていたりしたが、果たしてシューマッハの開幕戦でのパフォーマンスは悪かったのか、それとも良かったのか。

厳しい意見を述べていた代表はイタリアメディアやレッドブルのウェーバー。
イタリアメディアは「ごう慢だ」と強烈な批判のしよう。ウェーバーも「一人勝ちの時代は終わった。チームメイトにも勝てないだろう」と将来を厳しく評価した人もいた。

肯定的意見を述べていたなかには批判家(?)で有名なニキ・ラウダ。しかしながらニキ・ラウダはシューマッハのようにブランクのあと復活してきたということを実際に経験している。
意外だったのは1997年シーズンチャンピオンのジャック・ヴィルヌーヴ。
1997年ヨーロッパGPのアンフェアな行いからシューマッハを大批判していたヴィルヌーヴは初めてといっていいほどの肯定的な意見を述べていました。


あくまで41歳、4年ぶりの復帰戦としては上出来だったのではないでしょうか?
その要因として、
1、メルセデスGPのマシンは楽々トップに立てるだけの速さがなかったこと
2、ロズベルグが優勝してシューマッハがぶっちぎられの6位ならばやはりシューマッハの腕が鈍ってしまったと言えるかもしれないが、フリー走行でも予選でも決勝レースでもロズベルグに先行は許したものの、常にロズベルグを射程圏内に捉えられるところにいられたこと。
(決勝ベストタイムはシューマッハのほうがわずかだが速かった)

あくまでも順位ではなく、ロズベルグとの差を考えると悪くはなかったということですね。
しかしながらシューマッハの栄光をみればチームメイトをすべてにおいて上回れなければシューマッハらしくないといったところですね。

強風に雨・・・まさに大荒れのレースでした。

接触、クラッシュ、コースアウトが続出し、去年と変わらない波乱のレースでした。


開幕でポールポジションを取り、優勝への準備が整ったかに見えたHSV-010でしたが、鈴鹿の女神はまたしてもホンダのマシンに不運を与えました。


なんと言うことか、ホンダのマシン同士がバトル中に接触!その中にポールをとった18号車、もうひとつのエース8号車がいました。

そのクラッシュの影響であっという間に戦列を離れてしまいました。

「ニューマシンは緒戦で勝つ!」というジンクスに終わりを告げたようであります。


そんな中で勝ったのは2位スタートの38号車でもなく、3位スタートの23号車でもなく、予選で途中敗退した24号車でした。

抜群の作戦で誰もが驚くトップ奪還!マッチ率いるチームが2年連続開幕を制しました。


2位には6号車のレクサス。伊藤大輔にとってはレクサス移籍後最高のポジションでフィニッシュしました。

悲劇に見舞われたHSV-010でしたが、唯一の慰めが100号車の3位。しかしながらホンダの関係者はがっかりといったところでしょうね。

次の岡山は得意のコースだけに期待ですね。


因みに、去年のチャンピオンチーム・トムスはトラブル(駆動系)に数度見舞われながらも何とか4位。貴重なポイントゲットでした。