ステンレスの柳刃の小刃合わせの難しさ、大事さ痛感します。

先日、鋼の牛刀の小刃合わせ(=最後の刃先の返りを取る作業)が上手く行かず、苦労して刃先を合わせてみると、非常に鋭い切れ味出たので、柳刃も最後の小刃合わせが切れ味の決め手と思い、近頃、注意してやっています。

鋼は比較的合わせやすいのですが、ステンレスは粘りがある素材なので、なかなかに合いません=最後の返りが取れません。

、、、が、上手く刃先が合うと、鋼に勝るとも劣らぬ切れ味見せてくれくれます。小刃合わせの大切さ痛感します。
近頃、最新のステンレス素材のZDP189が気になっいてます。非常に研ぎづらい素材らしいので研ぎ、砥石についてもあれこれ考えさせられ、研ぎと砥石の持つ意味が自身の中でより明確になりました。

ZDP189は、硬度がHRC66~68と非常に高いのみならず、非常に粘りがある素材なので、切れ味抜群な素材であるとともに、非常に研ぎにくい素材であるということです。

具体的には、なかなかにきれる刃の形にならない事と刃先の返りが取りにくいという二重の研ぎにくさの問題がありそうです。そう考えると、<研削力の強い中砥>と<非常に粒度の細かい超仕上げ砥>の必要性が浮かんできます。(これが良いかなというのは、いくつかあるのですが、、、。)

これまでは、一連の流れとして、一つのものとして考えていた研ぎも、その中身は、一つではなく、いくつかの別の意味があったということ、それゆえのその研ぎに見合った形で様々な砥石の存在があるのだということ改めて考えさせられました。

近いうちに、そういう観点から砥石の見直しをしたいと思います。
ステンレスの歴史を見ると、ステンレスっていうのは錆びない素材では無いという事、再認識しました。

ステンレスの歴史見ると、ステンレスの歴史は錆との戦いという一面が。錆びないでは無くて錆びにくいというのが現状のようです。酷い使い方すると、やはり錆びます。

鍋に使用上の注意として、調理したものを鍋で保存しないでくださいとありますが、、、ステンレスにとって、塩分と水が一緒になるというのはかなり酷い環境なんですね。

鍋用は切れ味という要求のないステンレス(=低炭素)だから、かろうじて耐えてるんだと(、、、調理済みの食材を鍋から他に移す事、決心しました。)

まして、包丁は水、塩分、酸は要注意です。実際、先日、錆びたステンレス(=スウェーデン鋼)の包丁、見てます(^^;
薄刃包丁(青二鋼)を自宅で使って、錆を出してしまいました。包丁の素材の選択も、条件次第で変わるのだという事痛感しました。

現在、自宅の包丁は、牛刀、薄刃(以上鋼)洋出刃、ペティ(以上ステンレス)です。

昨日、薄刃を洗っていると、刃に錆の点が二ケ所ありました。仕事場で使う分には錆びさせた事のない薄刃が錆びたのでびっくりでした。

自宅では、牛刀との併用ですので、肉、魚等を切る時は、全部、牛刀で切ってしまいます。薄刃の出番が週1~2と少ない事、包丁を置いている場所の湿度が高い事などが原因として考えられます。

同じく鋼でも牛刀は錆びませんし、仕事場で使えば同じ鋼の薄刃が錆びませんから、使用条件の違いだと思います。

家庭には家庭の条件があるのだと、改めて『すべては条件次第』という言葉の重み痛感しました。

家庭用の薄刃包丁。毎日使うか、手入れするので無ければ、もしくは乾燥した良い状態で保存しておけるのでなければ、銀三等のステンレス系の素材をおすすめします。
昨日は、ステンレス鋼の歴史について、本があったので眼を通しました。ステンレスっていうのは、夢の金属だったのだなあということ感じました。

古くは、十字軍遠征の時のダマスカス剣にさかのぼる、夢の錆びない&切れる素材は、18世紀に発見された<クロム>の合金という形で20世紀になって、ようやく、実用レベルの物が工業的に生産されるようになったようです。

いまでは、ステンレスの代名詞になっている18ー8ステンレス鋼も、その発明までには、多くの試行錯誤があったようです。

より切れる&錆に強い素材の探究はまだまだ、続くようです。おすすめしている「グレステン」のACUTO440やZDP189等々もそんな素材です。

人間の夢は限りありませんね(^^;

洋包丁の筋引を和包丁の柳刃の代わりに使ってみました。実践なくして対象の構造の究明が有り得ないと言う事、痛感しました。

近頃、牛刀に代表される洋包丁の扱いやすさに魅力を感じています。一般家庭用には、いろんな意味で、牛刀が1番ではと思えます。それゆえ、洋包丁の可能性に非常に興味があります。、、、ということで、今日は、寿司ネタの切り付けに柳刃では無く、筋引を使ってみました。

形の上で、そっくりであり、居酒屋等では刺身を切るのに使われていると聞いていたので、使えるかなという思いもあったのですが、、、だめでした。

筋引の両刃と言う構造は、寿司ネタにつきものの返しを付けたり、薄く切ったり、厚みを微妙に調整したりが非常にしにくい刃でした。不可能ではありませんが、刃先の動きが鈍く、使い辛いものでした。

筋引から、柳刃に代えると、急に腕が上がったかのような錯覚を覚えるほどの違いです。柳刃は、微妙な力加減にコンマ1ミリの単位で答えてくれる感覚があります。(変な例えですが、車に例えると、FFとFRの違いがあります。

もう1点違うのが、切り口の照り、艶です。これまた、筋引は柳刃にはるかにおよびません。

形の上で似ている事とそのものが持つ本質は違うのだと言う事、その違いは、実践によってこそ構造的に明確になるのだと言う事、痛感しました。

補記:勘違いしないでいただきたいのは、ここで述べているのは、筋引と柳刃はその本質、構造が違うから、筋引は柳刃の代用にならないと言う事であり、けっして一般的な優劣を云々しているのでは無いので、、、念のため。
切れる包丁についての自身の捉え方が、特殊性を一般性と取り違えているのではと感じます。「すべては条件次第」と言う言葉の大切さ痛感します。

「切れる包丁は恐い、危ない。切れない包丁の方が安全。」という発言を良く耳にします。それに対しては「切れない包丁で力任せに切ろうとするから危ないのだ。怪我をするのだ。」と切れる包丁の方が、怪我をしない、安全であると答えるのが常なのですが、近頃、そうでも無いのかなと思うことがあります。

どういう事かと言えば、切れる包丁の方が安全というのは、一般論としては、間違いありません。その構造は、いつも答える通りです。

しかし、切れる包丁で切れない包丁で切るように、力で切ると包丁がどこへ行くか分からない、勝手に包丁が切れ込んで行くという状態に。

そういう意味では、切れる包丁は危ないとも言えます。切れる包丁を使う時は、包丁の切れ味で切る事、忘れないでくださいね。、、、人によって「包丁の重さで切る。」「技で切る。」「引いて切る。」等いろいろ表現しますが、同じ事です。

切れる包丁も力任せに切る切り方では、本来の実力が発揮されず、ただ使いにくいという印象を持たれる可能性大です。すべては条件次第です。
軍艦巻に使うキュウリを切りました。切れる包丁の切れ味と切れない包丁の切れ味の違いに驚かされました。

昨日、軍艦巻きに使うキュウリを社員のA君に「切ってみて下さい」といわれて見本?を示す事に。切った瞬間に「切れん!?」とビックリ。切れない包丁で切ってたんですね~

常に切れる包丁で切っているので、包丁の重みと包丁の切れ味で切る習慣がついてしまい、切れない包丁では、キュウリを切るのに、二~三ミリで刃が止まってしまいました。こんなに違うのかと、切れる包丁、切れない包丁の違いに驚かされました。(本来、包丁は包丁の切れ味で切ってこその包丁です。そうでなければ、きれいな切り口は望むべくもありません。

長期テスト(リンクの楽天版参照)に登場している「鋼の牛刀(杉本)」を持って来て切ると、、、(もう何度も、書いてますが、切れる包丁でキュウリを切ると)スルッと滑る様に刃が入って行って、ほとんど手応えがありません。そして、切り口はピカピカ輝いています。(切れる包丁なら、切った感触は似たようなものですが、切り口のピカピカ度は、牛刀より薄刃が上です。

みなさんもお試しを。気持ち良いですよ。

昨日、雑誌を見ていると「日本男性長寿世界一から三位に転落」という記事が。日本の食の文化の喪失が招いた結果だとやり切れない思いがしました。

記事の内容としては、食の欧米化=日本の伝統食の喪失の進行が進んだ結果であり、その最たるものが穀類、豆、野菜、魚で構成されていた日本の伝統食が、肉類、油脂を中心とする欧米の食にとって変わられたということ。

魚から肉へという流れを加速させたのが、和包丁(特に出刃包丁)と包丁を研ぐと言う文化遺産の喪失にあると思います。

ちゃんと研いだ切れる出刃包丁があれば、さかなを捌く事は、簡単で楽しいです。逆に、包丁が切れなければ、こんなに大変で、危険な事はありません。

砥石が家庭から姿を消し、包丁も和包丁から洋包丁に、そして現在、ハサミやスライサーにとって変わられつつある様です。これでは、魚を捌く事など、とても無理だと、、、。

日本の伝統的な食文化の喪失に、砥石が家庭から姿を消した事=切れる包丁が家庭から姿を消した事が大きな要因になったと考えると、このHP、つまり「切れる包丁選び」の存在も無駄では無いのかなと思います(^^;

一般の人に切れる包丁の気持ちよさを体験して欲しいということから、「研がないで切れる包丁」という方向へ舵を取ったのですが、、、研ぎの問題を避けては通れないようです。

世界に誇る日本の食の文化がこのまま失われて行き、「ラストサムライ」のような形でその偉大性を知ると言うのでは、あまりにやり切れ無いですから。
御存じの方もあるかと思いますが、水と砥石で包丁を研ぐというのは、日本独特の方法らしいです。

少し前まで、欧米ではプロのシェフでも普段はシャープナー、いよいよ切れなくなったら研ぎの専門業者に研ぎに出すという使い方だった様です。

ところが、近年、欧米でも水砥石を使って、包丁を研ぐ人が増加していると言う事です。研ぎ方を教えてくれという依頼がNYの和包丁を扱う店鋪に毎日のようにあるそうです。

水研ぎは世界に誇れる日本文化の一なのに、近頃、日本では研げる人が少なくなっているようです。勿体無いですね。

私達は、「ラストサムライ」の時ように「Togi」って「Cool!」だぜとニューヨーカーに言われてその素晴らしさに気付くんでしょうか(^^;