週末追記257 | はりとお灸の豐春堂のブログ

週末追記257

おはようございます(‐^▽^‐)

ほうしゅんどうの西山です(。-人-。)イツモカンシャ


小雨交じりの週末朝となりました

雨が降れば多少は花粉症の

症状も和らぐかと思いきや、

やはり起き掛けは結構

きついものであります:゙;`;:゙;`;・o(ロ≦〃)

このお付き合いも後数ヶ月程の

ことでありますので、

少々きつさはありますが、

季節の風物詩ということで、

考えていこうかと思う

今日この頃であります(^^ゞ
 

という週末の中、


お話を少々


昨今労働時間におきまして、

残業というものは、

ごくごく当たり前のようにあり、

且つその時間に対しまして、

対価が支払われていないケースも

良く見受けられるようになり、

また、

残業代自体をなくすという

流れも起きつつあったりしております。

この残業もそうでありますが、

そもそも労働時間というものを、

拘束時間捉えるか、

生産時間と捉えるかによりまして、

労働の価値観も大きく変わって

きたりします。

通勤も入れまして、

一日の約半分を取られるということは、

自分自身で自由に使える時間は

残りの半分となります。

更に食事や睡眠など、

日々の必要なものを差し引きますと、

ホントに残り僅かとなります。

更に残業をしたとなりますと、

会社へ行く日はほぼ自分の

自由な時間はなくなってしまいます。

その自分の時間を会社へ売る対価としまして、

お給料というものがあるという考え方

もあります。

一方で、

会社は何かを生産をして、

それを消費してもらうことにより

利益が生まれ、

成長していきます。

ですから、

生産され消費された結果、

生まれた利益の中から

お給料へと分配されるという

流れもあります。

つまり、

会社と労働者の考えを

組み合わせますと、

労働の対価は、

拘束時間中に

いかに

利益を生み出すかという

生産時間を作り出していった

結果ということになります。

確かに、

工業関連など、

生産するために

大勢の人数を要する業種には

上手く組み合わさるかもしれません。

しかし、

例えばパソコンなどを介した

職種などで言いますと、

その画面の前には

一人に人間しかおらず、

多くの人数を要することは

ありません。

確かにメールを介したり、

打ち合わせや根回しなど、

人とのコミュニケーションは

あるかもしれませんが、

そこに確実に生産性があるかは

定かではありません。

ということを考えますと、

既に一つの場所に人を集めて

時間を拘束して仕事を行うという

スタイル自体が既に合わない

業種も出てきているのでは

ないでしょうか。

戦後、高度成長期、バブル期から

今に至るまで、

一貫して貫いてきた

労働のスタイルというものも

そろそろ変えていかねば

ならないような時期なのでは

ないでしょうか(^-^)/

 

 

 

寒くて首をすくめながら歩いてもショック!

 

 

 


ココロにはいつも太陽を晴れ


 

みなさんにいつも


 

笑顔がそばにありますようにニコニコ



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