一鍼不乱に一灸入魂! その144
おはようございます(‐^▽^‐)
ほうしゅんどうの西山です(。-人-。)イツモカンシャ
とはいいましても、
まだまだ起床時に予めに暖房をセット
しておかなければという厳しい寒さであります(^^ゞ
そんな中、
少しずつ起き掛けの鼻のムズムズ感もありながら
春の到来とともに訪れる花粉の季節:゙;`;:゙;`;・o(ロ≦〃)
待ち遠しいものとそうでないものが
交じり合ってくるというのも人生模様と
被らせてみてしまうものでありますσ(^_^;)
という中本編へ(・ω・)/
人は誰しも一度は、
自分の生きている意味などを考えたり
悩んだりしてしまうのではないでしょうか。
「一体何のために生きているのか」
「どうしてここにいるのか」
「自分は今何をしたらいいのか」
などなど。。。
しかしながら、
人生の意味というものは
決して自分で見い出すものではありません。
人生とは、
今目の前に与えられた現実を
今の自分なりに精一杯生きることでは
ないでしょうか。
自分を取り巻く周囲には、
必ず何かが存在しております。
そして、
瞬時に様々なことを選択しながら
日々暮らしております。
それを今の自分なりに考えて、
自分なりの答えを出していく。
結果は様々でありましょう。
今の世の中は、
結果の可否を重んじる傾向にありますが、
その可否というものも
時間というものにより全て瞬時に
自分の手元から離れていきます。
つまりは、
生まれてから死ぬまでの間は、
決して立ち止まることのない世界に
居続けるということであります。
つまり
生きる意味というものは、
自分から求めるものではなく、
今の自分に求められたもにこそ
生きる意味というものは
存在するのではないでしょうか(^-^)/
「ローマは一日にしてならず」
日々是精進の日々(。-人-。)カンシャ
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