ばぁばとの時間101回目
こんばんは(‐^▽^‐)
ほうしゅんどうの西山です(。-人-。)イツモカンシャ
何やかんやとしておりましたら、
また一日が終わっていた休診日でありましたσ(^_^;)
とはいえ、
梅雨の中休みといった感じで、
一日雨に降られることもなく過ごすことが
出来ましたので、
本当に助かりました(。-人-。)カンシャ
という中、
約2週間空いてしまいましたが、
午前中にばぁばの元へと
行って来ました
というその前に
タイトルを見て、
少々違うように思われた方も
いらっしゃるかもしれません。
ここ数ヶ月の間、
ばぁばを治療をする頻度もかなり減りまして、
同じ空間を共有するだけという時間が
多くなってきました。
そういうこともありまして、
100回を節目に
若干タイトルをリニューアルさせて
いただきましたm(_ _ )m
内容はさほど変わりませんので、
宜しくお願い致します(。-人-。)
この日の私は、
ばぁばの発する言葉に頷く
ということをしておりました。
正直いいますと、
会話の殆どが聞き取れない
状態でありまして、
ことらから言葉を返すことが
出来ないからであります。
2~3年くらい前までは、
殆どばぁばの言葉を理解できたので
ありますが、
それが年を追うごとに少なくなり、
今では殆ど何を言っているのか
分からなくなってしまいました。
だからといって、
私が初めて来たかのような
反応ではなく、
やはりいつも来ている
「先生」という風に理解して
くれています。
※ちなみに最近読み始めた方へ(・ω・)/
ばぁばは最初から私を孫と認識しておらず、
治療を始めた当初から
「先生」ということになっております。
何せ、その時に会ったのが10年近く振り
という訳もあったせいでしょうか・・・。
とはいえ、
行きますと笑顔を見せて、
穏やかな感じになりますので、
どこか心の奥底では何かを
感じでいるのかもしれません(^-^)/
結局、
少しの会話のようなものをした後、
しばらくばぁばは反対方向を見ながら
独り言をしておりまして、
再びこちらを見て話しかけた後、
私の方は帰ることにいたしました。
こちらが手を振ると、
動く方の手で手を振り返しててくれました(^-^)ノ~~
人の力で出来る限りのことは
したいという思いは、
私も気持ちは分かります。
しかし、
やはり「生老病死」に関しては、
踏み込んではいけない線というものは
あると思います。
何故なら、
人は人であり、
神様ではないからであります。
本来あるべき命の限り
精一杯生きれば
それでいいのではない
でしょうか。
肉体の延命と
精神の延命は
決してイコールではないということを、
考えるべきではないかと。
ばぁばは本当にこれで良いのか?
でも、
もう今はその答えを本人に求めることは
できません。
もっと人生の着地点について、
しっかりとした話しをしていかねば
ならない時にきていることを、
ばぁばは身をもって教えてくれているような
気がしました。
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