一鍼不乱に一灸入魂! その103
おはようございます(‐^▽^‐)
ほうしゅんどうの西山です(。-人-。)イツモカンシャ
本日は暦の上で「啓蟄(けいちつ)」であります
啓蟄とはφ(.. )
冬ごもりををしていた虫が穴から出てくることをいう
(スーパー大辞林より)
そんな日ではありましたが、
結構肌寒い一日となりそうであります(((( ;°Д°))))
という中、
先週灯油の移動販売も今月からまた値上げとのこと。
これで、去年の震災直後の価格と一緒になって
しまいました(ノ_・。)
デフレの世の中とはいえ、
生活必需品は意外と上がっていたり
するんですよね(-"-;Aコマッタモンダ
という中本編へ(・ω・)/
人は誰しも毎日大なり小なり失敗をします。
ほんの些細なことから
大事に至ることまで、
何某かの間違いはつき物であります。
もし間違えたら、
仕切りなおしてまたやり直せば
良いだけの話なのですが、
ところが最近は、
この失敗というものを
どうにか隠したり取り繕ったりしようとする
傾向があります。
誰かに見つかるまでその失敗を表沙汰にせず、
覆い隠しているうちに次第に隠し切れずに
あふれ出したときには、
「時既に遅し」でありまして、
とんでもない事態になっていたりすることが
あったりします。
人は間違えながら日々学習していきます。
ですから、
失敗したらまたそこから修正点を見い出し、
新たに挑戦すれば良いのです。
ですが、
いつのまにやらこの「失敗」というものを
「人に知られちゃ恥ずかしいもの」
として捉える方が増えたのでしょうか、
どうも「やり直し」よりも先に「取り繕う」方を
優先しがちな世の中になってきてしまって
いるような気がします。
結果として、
取り繕うことばかりに注力したために、
他人を思いやる心遣いまで気が回らないように
なってはいないでしょうか。
社会においても
相手を思いやるために
皆でルールを作って喜んでもらう筈が、
ルールを守るために
相手の境遇を軽視するということは、
まさに失敗を取り繕うことに慣れてしまい、
やり直すという本来の姿を忘れてしまった
典型的な姿ではないでしょうか。
誰も好き好んで失敗はしたくはありません。
しかし、
人は何度も過ちを繰り返します。
けれど、
人は何度もやり直せます。
だから、
人は自分も他人も許すことが出来ます。
日々何度も失敗を繰り返しながら、
日々何度もやり直していき、
その中で人としての思いやりを
育てていければ良いのではないでしょうか(^-^)/
「ローマは一日にしてならず」
日々是精進の日々(。-人-。)カンシャ
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