一鍼不乱に一灸入魂! その85 | はりとお灸の豐春堂のブログ

一鍼不乱に一灸入魂! その85

おはようございます(‐^▽^‐)

 

ほうしゅんどうの西山です(。-人-。)イツモカンシャ

 

 

 

今朝の風は、

 

 

 

少々肌寒さを感じるほどでありました((>д<))

 

 

昨晩は、

 

 

久々に多くの大学時代の友人らと

 

 

電話にて声を聞くことができました携帯

 

 

卒業してからかれこれ20年弱パー

 

 

それぞれ様々多種多様な生き方をしながらも、

 

 

声を聞けば学生時代と変わらない。

 

 

まずは皆元気そうで何よりでありました(°∀°)b

 

 

来月は、

 

 

その中から5人ほど集まって

 

 

飲み会も開くことになり、

 

 

久々にゆっくりと話しをしながら

 

 

飲むことができそうでありますビール

 

 

 

 

という中本編へ(・ω・)/

 

 

 

 

 

少し肌寒い秋の風もみじ

 

 

 

人によって肌に受けた時の感覚は

 

 

実に様々であります。

 

 

また、その時の自分によっても

 

 

受け止め方はまるで違ってきます。

 

 

心地よく感じたり:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

 

 

ビクッと驚いたり(((゜д゜;)))

 

 

物思いに耽ったり(*´Д`)=з

 

 

不機嫌になったり(`ε´)

 

 

悲しくなったり(w_-;

 

 

などなど。。。

 

 

風という一つの現象に対しても

 

 

誰一人として全く同じものとして

 

 

感じてはいません。

 

 

 

痛みもまた然りであります。

 

 

 

 

似たような症状であっても

 

 

 

それは似て非なるものであります。

 

 

それは、

 

 

痛みには人それぞれ

 

 

その痛みにたどり着くまでの過程があり、

 

 

季節や周りの環境、

 

 

その人の気持ちや感情なども

 

 

加味されてきますと、

 

 

唯単に痛みの部位が同じだからと言って、

 

 

同じ治療で同じ効果が出ないという結果は、

 

 

このような見方をしますと、

 

 

成程と思ってしまう訳であります。

 

 

人はどうしても

 

 

分類して、整理して、同じ枠の中で

 

 

結論を出そうとしてしまいます。

 

 

しかし、

 

 

それは吹く秋風を

 

 

単なる風の一つとして分類しているのと

 

 

一緒であります。

 

 

「では、その風を今どのように感じるか」

 

 

という内面的なものまで追求してこそ、

 

 

本質に近づけるのではないでしょうか。

 

 

 

固有名詞にとらわれない

 

 

 

生の感情を拾ってこそ

 

 

痛みの先がみえてくるのではないかと

 

 

思うのでありますが、

 

 

やはりなかなか難しいものでありますねσ(^_^;)

 

 

 

「ローマは一日にしてならず」

 

 


 

日々是精進の日々(。-人-。)

 

 


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