週末追記97
おはようございます(‐^▽^‐)
ほうしゅんどうの西山です(。-人-。)イツモカンシャ
昨日はこちら清瀬でも
土砂降りとなりまして
治療院の前の路地は
一時期大変なことに
なっておりました( ̄□ ̄;)
排水溝の許容量越えで、
ともあれ、
その結果
午後は一気に気温が下がりまして、
昨晩は久々にエアコン要らずにて
快適な一夜を過ごすことができました(@ ̄ρ ̄@)zzzz
今朝も引き続き
涼しさを保っており、
汗だくの日々からの
しばしの解放感とった
ところでありましょうか(°∀°)b
という週末の中、
お話を少々![]()
全てのものは
生まれた時点で
必ず終わりというものがある。
これは生き物に限らず、
様々な制度や法律然り、
大きく見れば国という存在も
地球そのものも
然りであります。
今のこの国もまた
木に例えるならば、
若木ではなく、
老木に近い位置にいるのでは
ないでしょうか。
若木のうちは、
風雪や外敵から何とか守らんと、
唯ひたすらに一日でも早く
一人前に大きくなることを目指します。
その後若木は、
立派な巨木となり、
多少のことがあろうとも
安心して存在できるように
なります。
しかし、
年月と共に
あらゆるものが
その巨木に群がり、
巣食い始めます。
始めのうちは耐えられていたものの、
次第に体力を少しずつ奪われ、
末端から枯れ始める。
やがて、
それは幹にまで及び、
最後は枯れ果ててしまう。
唯、
傍らには
小さな若木が生まれている。
振り返って今の現代、
古木は倒れようとしてるにもかかわらず、
若木が一向に育つ気配が感じられる
でしょうか。
明らかに若い人のマンパワーが
少ない状況であります。
変革は古木に頼らず、
若木を育てる人が必要であります。
一度古木の味を知ってしまった人は、
決してそこから離れることはできません。
わざわざ
いつ消し飛ぶか分からない
ひ弱で先行きの見えない
小さなものを育てるより、
痛んでいても
今は倒れていない古木の中に
いる方が良いと思ってしまうのは、
やはり先行きの見えている人にとっては、
仕方のないことかもしれません。
しかし、
古木はいつか倒れます。
どの時代を見ても、
変革の中心は若い人たちであります。
しかし今、
かつてないほどの高齢化社会、
同時に
かつてないほどの少子化社会
であります。
将来において
恐らく求められるもの
それは、
古木から退場させられるか、
或いは
古木を自ら放棄し、若木を育てるか
若く新しい力による変革の
難しい今、
新しいものを求めるのならば、
自ら考えて選択せねばならない
時代であります。
とても酷なことではありますが、
やはり今の現状も
私たちが結果的に
何も選択せずに古木に宿ってきた
結果であります。
だからといって、
今すぐに
具体的に何をするという
ことではありません。
唯、
何かあった時、
自ら覚悟を決める心積もり
だけは心の中に
留めておく必要は、
あるのではないでしょうか(^-^)/
寒くて首をすくめながら歩いても
ココロにはいつも太陽を![]()
みなさんにいつも
笑顔がそばにありますように(*^▽^*)
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