一鍼不乱に一灸入魂! その79
こんにちは(‐^▽^‐)
ほうしゅんどうの西山です(。-人-。)イツモカンシャ
昨晩は、
久しぶりにいつもの居酒屋にて
友人と定例の飲み会をしておりました![]()
夕方くらいから夜の10時くらいまで飲み、
家まで普通に帰れたのですが、
どうも玄関から先の記憶が
断片的になっておりまして。。。(^^ゞ
一応、洗濯機の中のタオル類を
物干しに干していたり、
寝る準備とか(@ ̄ρ ̄@)zzzz
後片付けなどをやっていたようで
ありますが、
はてさて、
結局お風呂は入ったのだろうか(-"-;A
形跡はあるものの
記憶定かでないという
感じでありますヽ(;´ω`)ノ
という中本編へ(・ω・)/
禁忌という言葉があります。
忌みはばかって、禁止されている事柄。タブー。
(スーパー大辞林より)
何事にも法律明分化されていなくても、
やってはいけないことは
結構身の回りにあったりします。
はりやお灸でも
様々な理由から
はりやお灸を打ってはいけないところ
という箇所もあります。
このタブーというものは、
今までの経験の中から
これをすると災いが起きるとか、
大変なことが起きるという
いわば教訓のようなものであります。
ですが、
ここ最近は、
この禁忌(タブー)を乱発しすぎて、
誰もが身動きが取れない状況に
なってきているような気がします。
それは、
自分たち自身が不快に思ったことを
片っ端から自分たちで禁忌にしてしまうため
であります。
それは寄らば大樹の陰。
大多数の輪の中から
少しでもはみ出そうとするものを
片っ端から排除するのと
同じであります。
確かに、
その場の状況や心情を考えずに、
思いつきでやってしまうのも
困りものではあります。
しかし、
そのことが大きな災いになるのなら
いざ知らず、
その場の感情にて、
暫く経てば、
「あぁ、そんなこともあったよね」
程度のことまで
禁忌の縛りをいれてしまうと、
後々自分たちの生活を
しづらいものとしてしまい
かねません。
典型的な例は、
テレビ番組などでしょうか。
アレもダメ
コレもダメ
というような世の中は、
窮屈この上ありません。
本当にマズイものはタブーと
すべきではありますが、
さして影響のないような
物事や発言に関しては、
寛容に対応すべきではないかと
思います。
その核はまさに
「恕」
であります。
思いやり。許す。
相手があってこその自分であります。
まずは相手の立場を自分に置き換え、
考えてみることから始めてみる。
これは治療にも通ずるものであります。
自分の中で余計な禁忌ごとを作るのではなく、
まずは相手にとって最良のものを探し求める。
そして、
「恕」をもって施術を施す。
雑念や様々な感情があり、
まだまだこの領域へと
到達するのは
難しいものではありますが、
少しずつ近づけたらと
思っております(^-^)/
「ローマは一日にしてならず」
日々是精進の日々(。-人-。)
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