週末追記94
おはようございます(‐^▽^‐)
ほうしゅんどうの西山です(。-人-。)イツモカンシャ
ウォーキングの最中、
ふと屏に目を向けると、
成虫になったばかりのセミが
気づけばここ最近、
セミの声も次第に大きくなりつつありますし、
いやぁ夏でありますな( ̄▽+ ̄*)
という週末の中、
お話を少々![]()
物事は始まった瞬間から
終わりに向けて動き出します。
人生も然りであります。
しかしどうも
見た目の衰えや
人生折り返しを過ぎたりしますと、
悲観的なものの見方をしたり、
自虐的に自らの年齢を当てはめて
後ろ向きな考え方を
してしまいがちになります。
どうも最近の日本においては、
この「終わり」という区切りのつけ方が
下手糞になってきているような気がします。
例えばマラソンを考えてみましょう。
ゴールのテープが見えてきた時、
「もう疲れているし、結果は見えているのだから┐( ̄ヘ ̄)┌」
などと言って、
わざわざ歩みを止めて
とぼとぼ歩き出したりするでしょうか。
たいていの場合は、
最後の力を振り絞って、
何とかゴールのテープを切ろうと
必死に走るものであります。
人生において、
大きなゴールといえば
「死」
であります。
唯、
その前には
自分の人生の中で行ってきたことに対して、
きちんと自分のゴールを見極めるという
仕事が残っています。
これは例えるならば、
リレー競技
でありましょうか。
綺麗にバトンゾーンの中で
次に手渡し、
自分の役割を終える。
やはり、
人一人で走る距離は
時間的にみれば
さして変わりはありませんし、
次に手渡すことで、
引き継いでやってきたことが、
より勢いづかせる意味でも
「引き継いで終える」
というのは、
とてもタイミングが重要となります。
それにもかかわらず、
次々と抜かれても
バトンゾーンを遥かに通り過ぎても
いつまでもバトンを離そうとせず、
ひたすら走り続けている光景を
最近の世の中では多く見受けられる
ようになってしまいました。
これは、
自分のゴール地点を
見極めていない
からであります。
人は与えられた有限の時間の中で、
その都度ゴールを見極め、
次へと引き継ぐタイミングを
きちんと知らなければなりません。
何故ならば、
人は必ず「死」というゴールテープを
切らねばならないからであります。
いつまで手にしていても、
いずれは必ず手放すことになります。
時代の流れというものは、
個々の点がバラバラにあるのではなく、
きちんと受け継いできた線の上に
成り立っています。
これからの人生、
自分の走っている間ばかりを考えるのではなく、
次の走者のことも考えて、
自分の役割をきちんと見極めていかねば
いけないのではないでしょうか(^-^)/
寒くて首をすくめながら歩いても
ココロにはいつも太陽を![]()
みなさんにいつも
笑顔がそばにありますように(*^▽^*)
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