週末追記74 | はりとお灸の豐春堂のブログ

週末追記74

こんにちは(‐^▽^‐)

 

ほうしゅんどうの西山です(。-人-。)イツモカンシャ

 

 

 

昨日は春一番となりまして、

 

 

 

日中は、

 

 

2月とは思えない暖かさでありました晴れ

 

 

今日も朝のうちは冷たい風も吹き、

 

 

まだまだ冬の寒さを残した様相では

 

 

ありますけれども、

 

 

清瀬の上空は見事な青空でありまして、

 

 

いよいよ来週から3月突入おひなさま

 

 

花粉は少々辛いですけど:゙;`;:゙;`;・o(ロ≦〃)

 

 

生命の息吹を感じる季節

 

 

でありますね(°∀°)b

 

 

 

そんな週末の中、

 

 

お話を少々(・ω・)/



先日、待合室にあるお寺さんからいただいた

 

日めくりカレンダーに、
はりとお灸の豐春堂のブログ-施餓鬼

 

「施餓鬼 得ることよりも分けること」

 

という言葉が目に入りました。

 

 

施餓鬼(せがき)とは・・・

 

餓鬼の世界に落ちて飢餓に苦しむ亡者に食物を

供えて弔う法会。もともと時節を選ばずに行われ

たが、盂蘭盆会(うらぼんえ)とともに行われること

が多く、両者が混同されるようになった。真宗以外

の各宗派で行われる。施餓鬼会(せがきえ)

 

餓鬼とは・・・

 

生前の悪行の報いで、餓鬼道に落ちた亡者。

体は痩せ細り、喉は針の様に細く、また、手に取った

食べ物が火に変わってしまうため常に飢えに苦しんで

いるとされている。餓鬼道の略。

(以上、スーパー大辞林より)

 

 

人は日々、

 

 

 

何かしらのものを得て過ごしております。

 

 

しかし、

 

 

得たものを唯々溜め込むのみで、

 

 

誰にも布施することなく、

 

 

得ることばかりに執着する。

 

 

 

今、自分の目の前にあるものは、

 

 

 

回りまわってたまたま自分の手元に

 

 

あるだけであります。

 

 

物だけではありません。

 

 

地位や名誉や知識も同様であります。

 

 

ですから、

 

 

いつの時代であっても

 

 

自らが得た地位を手放す惜しさから

 

 

自分の血を受け継いだ者へと

 

 

世襲しようとした途端に、

 

 

人生そのものが破綻するような

 

 

ことを繰り返しているのをみましても

 

 

いかに得た後の生き方が大切で、

 

 

いかに難しいかが分かります。

 

 

 

今までの世の中は、

 

 

 

常に何かを欲し続け、

 

 

得たらまた別のものを欲してという

 

 

ことを繰り返してきているのでは

 

 

ないでしょうか。

 

 

得たら得たで、

 

 

それを守る為のものを

 

 

また得ようとする。

 

 

抱えて抱えて、

 

 

手から溢れそうでも

 

 

まだ抱えようとする。

 

 

「常に何かを欲し続けていること」

 

 

これこそ餓鬼道に足を踏み入れた

 

生き方であります。

 

 

そうではなく、

 

 

「常に何かを分け与えること」

 

背伸びするまでもなく、

 

 

身の丈程度からでも

 

 

「分け与える」

 

 

という考えの入口から

 

 

生き方を考えてみるというのは、

 

 

如何でしょうか(^-^)/

 

 

 

寒くて首をすくめながら歩いてもショック!

 

 


ココロにはいつも太陽を晴れ


 

みなさんにいつも


 

笑顔がそばにありますように(*^▽^*)

 

 


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