週末追記68
こんにちは(‐^▽^‐)
ほうしゅんどうの西山です(。-人-。)イツモカンシャ
下から湧き出てくるかのような
今日の寒さ(((( ;°Д°))))
更に巷ではインフルエンザも流行り
始めているとのこと![]()
正月明けの疲れも出始めている
頃でもありますでしょうから
手洗いうがい敢行(・ω・)/
そして
バランスの取れた食事をして、
出来る限り睡眠時間を長めにとって、
しっかりと自分の体を養生
してください(°∀°)b
そんな週末の中、
お話を少々(・ω・)/
今朝ラジオで耳にしたことで、
「教えること」と「育てること」
は違うというような内容を
耳にしました![]()
教えることとは、
自分に持っていることを
伝えることであり、
育てることとは、
その人の持っているものを
引き出していくということ
というようなことでした。
その後気になりまして、
いつものように愛用の
「漢辞海」にて字の語源を
引いてみますと。。。
「教」・・・教え導く。教育する。指示する。指摘する。
知識や技術を伝授する。
(説文)上位のものが施す内容であり、下位の
ものがならう内容である。
「強制する」と「ならう」から構成されている。
「育」・・・やしないそだてる。栽培する。扶養する。
成熟する。生長する。
(説文)子供を養いそだてて善くさせる。
教えるということは、
やり取りとしては一方通行
であります。
一方で、
育てることは
相互に補完していかなければ
成り立ちません。
もしも野菜自身に、
土や太陽や雨や肥料などが
あれば大きな実がなるという
ことを教えたとしても、
実際に太陽や土たちが
野菜を育もうとしなければ、
決して大きな実は結ぶことは
ないでしょう。
生きる上で知識は必要です。
しかし、
いくら教えたところで
実際にその得たものを育む
社会がなければ、
結局その得たものは無駄なものと
なってしまいます。
可能性や夢は自分ひとりで叶うもの
では決してありません。
これらは、
社会全体で盛り立てて、
育てていくものであります。
もしもその子が
ほんの少しでも
人と何か違った光を放った瞬間、
どうぞその光を皆で大事に
大きくしてやってください。
今のように、
人と違ったら
闇雲に今ある正論のみを教え続け、
気付いたら光はどこかに消えていた
という「同等の価値観」ばかりを
洗脳するのではなく。
世の中教わることは山ほどあります。
ならば同様に
人を育む力も山ほどあります![]()
といえるような世の中に
変わっていかなければ(°∀°)b
一度きりの人生なのですからね(^-^)/
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