一鍼不乱に一灸入魂! その39
おはようございます(‐^▽^‐)
ほうしゅんどうの西山です(。-人-。)
昨晩は友人との定例の家飲み会
でありましたが、
よくよく考えてみると、
それまでお酒を丸々一週間飲まずにいた
自分に気付きました( ̄□ ̄;)ナンダト!!!
生活習慣を朝型に変えたため、
夜は早く寝るというスタイルが、
大いに影響しているようです(・ω・)/
ところで、
特にこの仕事を始めた頃からでしょうか、
私はよく拝んで感謝する機会が
増えてきました(。-人-。)カンシャ
仏壇に拝んだり、
神棚に拝んだり、
ウォーキング途中、
朝日に向かって拝んだり、
「いただきます」「ごちそうさま」の時、
などなど。。。
今までは、
五体無事にあること、
食べること、
寝ること、
お金を頂くこと、
ありとあらゆることに対して、
それは「あって当たり前」という
ような感覚でありました。
しかし最近になってようやく、
それは全く見当違いの考え方ということに、
私自身、
少しずつ気付いてきたのかもしれません。
あまり良い言葉の使い方ではない
かもしれませんが、
やはり生きていくうえで、
その背景には必ず何某かの
「犠牲」
を伴っておる訳です。
その犠牲に対して、
全てお返しすることは叶いません。
ですから、
微々たる物ではありますけれど、
都度「感謝の念」を胸に抱く
ようにしております。
施術料を頂く時、
私は丁度の金額であっても
「〇〇円お預かりいたします」
という言葉を用います。
言葉の言い回しとしては、
間違っているかもしれません。
しかし、
その人の汗水流して稼いだお金ですし、
それを受け取ることで、
私も生活することが出来、
また私が、このお金を使わせていただく。
つまり、私で終わるわけではないので、
「お預かりして、次へ引き継ぐ」
という気持ちを持って、
このような表現となっております。
この世の全てのものは、
決して特定のところで止まったり
することはありません。
ですから、
私利私欲でもって、
流れを止めることは、
やはり世の中の流れを堰き止め、
至る所に淀みを生み出します。
また、乱暴に扱っても、
そこに喜びや感謝は生まれません。
「恕(じょ)」の気持ちを持ち、
常に感謝を心に抱いてこそ、
今日一日が、
朝日のように輝けるのでは
ないでしょうか(=⌒▽⌒=)
精進精進
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