マーケティングの格言に「顧客はドリルが欲しいのはではない、穴が欲しいのだ」がある。なるほど、と思わせるのだが、掘り下げるとどうも違う気がする。穴が欲しいならキリでも、穴あけ済みの板でも、と言うのだろうが、それも一面的かもしれない。

 ドリルが欲しい。その目的は、証拠隠滅のためにパソコンのハードディスクを破壊するためだったかもしれない。自宅に工作室があって子どもと一緒に本棚を作るためだったとも。家具の組み立てにネジ締めを早く適切な強さでやりたかったのかもしれない。顧客の潜在ニーズをその使用シーンを把握せずに、ただ穴が欲しい、とするのは単純化し過ぎだろう。ウケ狙いにはいいとして。

 証拠隠滅ならデータ消去専用デバイスをおすすめしてもいい。子供と一緒というなら、子ども用の工具セットと木工プラン集を揃えてもらおう。工作教室を案内も出来る。ネジ締めなら、実演してその精度や使い勝手を確かめてもらう。ブラックアンドデッカー、ボッシュ、マキタといろいろなメーカーが様々なドリルを提供していて迷うだけに、顧客の用途に合うドリルは店員が最適なモノをオススメするのが良い。

 そう考えるとマーケティングの基本は、シミュレーション能力なのかもしれない。ドリルが欲しいと言われれば、顧客の言葉や表情、仕草から、何のため、いつ、どこで、誰が、どのように、といった使用パターンをシミュレーションする。さらに時間軸で、物置の工具箱からドリルを取り出す、子ども机を作業台にする、…、ドリルを仕舞う、という循環を捉える。穴あけの対象についても、木工で有ればその調達、加工、組立、利用、保管、廃棄という循環で把握する。このように始めから終わりまで、シミュレーションすることで最適なドリルとドリル以外にオススメ出来るアイテムがハッキリする。他者の行為から考えを予測し、解釈する脳力ということで、このマーケティングの基本はいわゆる心の理論とも言える。