さる人から、養老孟司氏は常人を超える洞察力をお持ちで、例えば「東京圏が大地震で壊滅的な被害を受けたとき、助けてくれるのは中国。仲良くしなければ」とのお考えだと伺った。中国を気嫌いする人も少なくないのだが、確かに、地理的にも近隣で広く、世界有数の経済力もあり、二千年以上もの外交関係と文化交流がある。日中平和友好条約も結んでいる。そして四川大地震で日本の救助隊の活動に恩義を感じている、ということでもそのお考えは裏付けられる。

経済的な結びつき

 日中の経済的な結びつきも強い。高度成長期には、対米貿易依存が三割前後で、「米国がくしゃみをすると日本も風邪をひく」とも言われていた。日本の支配者層はこのころのイメージが残っているのか、アメリカが経済安全保障の上で対中経済依存を転換すべきとか主張すると、2022年に暗黙に中国を意識した、①重要物資の安定的な供給の確保、②基幹インフラ役務の安定的な提供の確保、③先端的な重要技術の開発支援、④特許出願の非公開という四本の柱からなる「経済安全保障推進法」を成立させている。

 でもいまの貿易構造では、20%以上が中国、15%前後がASEANとの経済的相互依存関係にある。対米は対ASEANを下回る。いまは「アジアがくしゃみをすると日本も風邪をひく」という状況である。そして中国からは、アメリカ主要大学の理工系に30万人前後の留学生が学び、優秀な研究者は本国で優遇されて研究開発に携わって、人工知能や新素材、太陽電池など高度技術分野の論文でも世界トップクラスの地位を占めている。「日本の技術が中国に盗まれる」とかいう主張はいつの時代かという話である。素直に考えれば、いまでも将来でも中国との経済的な結びつきがどこよりも強いのだから、対米一辺倒ではなくて中国・ASEANとの経済的相互依存関係を大事にするのが基本のように思われる。それが人間の安全保障として、将来に亘って雇用機会を生み、貧困をなくすことになる。

平和構築へ

 地政学的リスクとして台湾有事が言われるが、どうも日本の軍事利権の口実なのだとも思われる。日中平和友好条約やASEANを踏まえ、アジアの地域的安全保障体制を築く。米国の挑発的姿勢や単独行動主義を抑える。それが本筋だろう。

 台湾有事は米軍も否定している。2021年、退任直前のデービットソン米インド太平洋軍司令官(当時)が米上院軍事委員会において、中国が台湾に侵攻する可能性について「その脅威は今後10年以内、実際には今後6年で明らかになると考える」と予算確保のために発言したのがきっかけである。しかしながら、その3か月後、ミリー統合参謀本部議長は上院予算員会で「中国の意図をみるに、台湾を軍事力によって統一しようとする意志や動機は直近では低く、その能力も十分でないことから、軍事的手段を用いる理由はない」と訂正している。

 習近平国家主席も2019年の台湾政策で「台湾との融合発展を深化し、平和統一の基礎にする」と表明している。台湾の統一派が1割ほどなのに力づくで支配しても、効果的に統治できないことを認識していると思う。中国政府が強硬姿勢を見せるのも、ペロシ下院議長の訪台や米海軍のミサイル駆逐艦が台湾海峡通過などバイデン政権が挑発するのに対抗姿勢を示したもので、中国から挑発したものではない。

 ミリーの訂正発言や習五点にも関わらず、日本政府は2022年12月、5年間の防衛費を総額43兆円への増額や敵基地攻撃能力の保有の保有などを盛り込んだ新たな戦略三文書を閣議決定した。そして2010年の「防衛計画の大綱」に基づき、16年の与那国島の陸上自衛隊駐屯地をはじめ、19年の宮古島、奄美大島、23年の石垣島と開設が続き、ミサイル部隊などの新編・移駐が進められてきた。米軍との共同演習も展開されている。そして有事には沖縄の先島諸島から九州と山口県に住民約12万人を避難させるというロジスティックスで現実離れした計画を作り始めている。人間の安全保障が蔑ろにされている。

 日本の軍事利権については、2007年の防衛利権事件が思い出される。防衛次官がゴルフ接待などを受け、次期輸送機や生物偵察車などの武器購入、米軍のグアム移転への資金提供などで口利きした事件だが、そこで浮彫りになったのは、需企業による自民党などへの政治献金と防衛省からの天下りの受け入れ、その構図で随意契約と水増し請求が常態化していた問題であった。この利権構造は解消されているのだろうか? 防衛費は三菱重工に10年で4兆4800億円、天下りは三菱重工に26人、IHIに20人、三菱電機に38人、そして三菱重工の自民党の政治資金団体への献金額は10年で3.3億円に上る。つい先日も、川崎重工が取引先企業との架空取引で資金を捻出し、金品や物品を海上自衛隊員に提供した疑いが持ち上がっている。台湾有事を持ち出し、43兆円の国家予算を正当化し、それに政治家や軍事産業が群がる、という話なのではなかろうか。防衛省・自衛隊の不祥事も絶えない。もうおしまいだ。


 日中関係をやっぱり大事だな。