江戸の都市文化で尊重されていた価値観は、今にも通じるのだろうか?

 その価値観は、粋と言われる。色合いでは紅掛鼠、藤鼠、銀鼠といった穏やかで地味な色調にわずかに鮮やかな色を付け加えたものになる。元々は遊女文化で、優美で洗練されたエロティシズムと高い矜持を持つ、という美学で、生活スタイルや内面的資質をも称賛するものだった。これに対し、富を過剰に見せびらかすのは野暮である。

 この美学は都市の庶民階級全体の特徴で、質素な木綿の縞柄の微妙な色合いの布地が好まれた。高い矜持は、木版印刷の技術と相まった漢籍や和歌、物語の素養を備え、さらに器楽や舞踊、書画などの芸事に秀で、武士階級や豪商とも対等に渡り合えることであった。この美意識が都市の自治と表裏一体だったと思われる。権力者に同化するものではない。

 現代でも、例えば映画ではこうした生き方が肯定的に描かれている。公共トイレの清掃員として淡々と日常を送り、夜にフォークナーや幸田文などを読む。市役所の職員が定年間際に矜持を取り戻し、公園をつくる。現実でも銀行員として日常を過ごし、句作や市民運動に関わる。粋とは表現されないけれど、粋は大事な価値観として現代社会の底流にあるようだ。もっと使ってみよう。