天才フォン・ノイマンが著名な経済学者サムエルソンに「経済学で非自明な定理はあるのか?」と聞いたとき、「一つある。比較優位の理論だ。直観に反するだけでなく、とても重要だ」と答えたという伝説がある。自給自足経済よりも交換経済の方が経済厚生が高まるという事実も、この理論で裏付けられる。

 概要は、上の図の通りに分かりやすい。赤線は、ある地域の生産可能曲線で例示では、同じ経営資源で布と酒をつくるときの最大限の生産量を示している。収穫逓減、つまり一方に経営資源を振り向けても、だんだんその生産性が下がる、という仮定で上に凸の曲線になる。青線は、消費効用の無差別曲線で、酒と布との組み合わせの消費でおなじ満足度を示している。布を分を減らして、酒の量を増やしても、だんだんその満足度が下がる、という仮定で下に凸の曲線になる。この効用の無差別曲線は左上にあるほど、満足度は高い。

 この設定で、自給自足経済では生産可能曲線と無差別曲線が接する点が、最高の満足度を達成する。無差別曲線をこれより左上に動かすと生産は可能でなくなるし、これより右下では満足度は下がる。例示では、布5単位、酒5単位の水準である。

 一方、交換が可能なときは、自給自足のときより確実に満足度は高くなる。緑の直線の傾きは、布と酒の相対価格を表す。布2単位と酒3単位が同じ価格になる。この相対価格はこの地域の生産状態に左右されないものとする。このとき地域の生産可能曲線上で、布の生産量を8単位にして、酒の生産量を3単位にする。そして布を4単位輸出して、酒を6単位輸入して、布4単位・酒9単位を消費するときに効用は最大になる。効用の無差別曲線を自給自足の場合から左上に移動して、相対価格の直線に接するところがこの効用最大の点になる。このように交換すると明らかに効用が高まる。

 

 こんな説明で、図でふんふんそうだな、と納得させられるが、多次元で厳密に証明しようとすると結構大変だと思う。二つの向き合う凸曲線を分ける直線がある、というのはハーン・バナッハの分離定理、凸曲線の各点に接線が必ず一つだけある、というのはおそらくリースの表現定理が必要だろう。一方の凸曲線の接線に、もう一方の凸曲線(効用の無差別曲線)を移動させると接線になる、というのは、効用の異なる凸曲線が交わらず、それらの移動が連続であることを最大値原理で示さないといけない。図では分かりやすいのに、関数解析を用いないと証明できないとは面倒くさい。

 重要な定理とは、結論も証明も自明ではないものなんだろう。人生の教訓かも