社会的関係において、なぜ自己同一性が成立するのだろうか? 逆に言えば、多重人格はどうして例外的とみなされるのだろうか?

 この問いに、繰り返しゲーム理論の評判メカニズムが説明を与えてくれる。本人の直接の行動は観察できないにしても、周りを助けるとその社会で評判が得られ、冷淡だったり怠けていたりすると評判を落とす。評判が高ければ、周りからいろいろ協力が得られる。この評判という情報がその社会で共有されることで、ズルやただ乗りが抑えられ、社会的協調が生まれることになる。

 この評判メカニズムが働く場合、気まぐれだったり日和見的だったりしては評判は上がらない。態度が一貫していないと評判は確かにならない。従って、個々人は協調的な態度や行動を一貫させる。そして自分の評判は、何らかのかたちで自分に帰するものとする。ここにアイデンティティが成立する。

 徳倫理学は、個々の行為ではなく、人格を問う。これは、おそらくこの評判メカニズムが働く社会を前提としているからだと思う。