「緑園の天使」(原題: National Velvet)は、1944年に製作・公開されたクラレンス・ブラウン監督による米国映画。
主演はエリザベス・テイラー…いや、ミッキー・ルーニー?
誰だろう?
とりあえず、お肉屋さん一家のお母さん、アン・リヴィアは、この作品でアカデミー助演女優賞を受賞しているが、助演だけに主演ではない。
私としては、名馬パイを演じたお馬さんが主役でいい気がするけれども、原題になっているNational Velvetは、エリザベス・テイラー演じる夢みる少女ベルベット・ブラウン嬢のことだから、やはり主演は彼女ということだろう。先日ウインディーの記事でクリス・アディソンの才能をこの人になぞらえて書いたので、今回取り上げてみたのだが、後には映画史に名を残すことになる大女優も、この時はまだ12歳の少女だった。
ベルベット・ブラウン(エリザベス・テイラー)
すでに、外見的にはほぼ完成しているようにみえる。
夢見がちな輝く瞳は、まるで少女漫画のヒロインのようだ。
危険な乗馬シーンにもスタントなしで果敢に挑み、その際落馬して腰を痛め、後遺症も残ったという。
素晴らしい女優魂をこの頃からすでに身につけており、ちょっとやそっとではへこたれない芯の強さがあったのだろう。
ストーリー
1920年代、イギリスの片田舎スールズで肉屋を営むブラウン氏(ドナルド・クリスプ)の三女ベルベット(エリザベス・テイラー)は無類の馬好き。イギリス一の騎手になり、沢山の馬を飼って毎日好きな馬に乗りたいと願っていた。ある日、父親の住所録に名のあった彼女の母を訪ね、マイ・テイラー(ミッキー・ルーニー)という騎手くずれの少年がやってくる。彼の亡き父はベルベットの母(アン・リヴェア)がかつて英仏海峡を泳いで渡った時のコーチだったが、マイはそのことを知らず、今ではブラウン家の金を盗んで逃げ出そうとする不心得者になっていた。
しかし、一家の温い空気はマイの心を癒し、村の暴れ馬パイがくじ引きでベルベットのもとへやってくると、親身になって彼女に乗馬を教えはじめる。ベルベットはパイを訓練してグランド・ナショナルの障害大レースに出場させたいと言い出し、マイは馬鹿げていると反対する。しかし、英仏海峡を泳ぎきった経験をもつ母はこれを許し、その時の賞金をエントリー料として渡して、お父さんは説得するからと励ました。
マイはその金を預ってロンドンへ行き、盗みを疑うブラウン氏の危惧をよそに、きちんと出場許可を得て戻り、いよいよ真剣に訓練に打ち込んだ。
レースの日が近づき、マイとベルベットはパイをつれて競馬場のあるリバプールへ赴いたが、当てにしていた騎手は二人を馬鹿にして使いものにならず、ベルベットはとうとうその騎手になりすまして出場することを決意する。
烈しいデッドヒートの末、ベルベットはトップでゴールインするが、疲労と緊張のあまり落馬してしまった。結局、少女であることがバレてしまい、失格を宣告されたものの、その名は「我らのベルベット」と全国区でもてはやされ、アメリカからも映画の契約申し込みが殺到する。大はしゃぎのブラウン氏を尻目に、ベルベットはパイを見世物にはできないと断ってしまう。
ベルベットが再び可愛いブラウン家の娘に戻ると、マイもまた、人生の次のステップへ進むべく旅立つのだった。
端的な印象を言えば、懐かしい「世界名作劇場」の一連のアニメを観ている感じなのだが、「若草物語」の家族愛、「レ・ミゼラブル」の魂の救済、「マイ・フェアレディ」的夢見る少女のサクセス・ストーリー、スポ根要素もあったりして、一粒で二度おいしいどころでなく、いくつもの魅力が凝縮した家族向け映画の大傑作になっている。
ミッキー・ルーニー演じる騎手くずれのマイは、レース中の不幸から馬に乗れなくなり生き方に迷っている。そのため、気持ちが荒み、他人の家から金を盗んで逃げ出そうとする男になっていた。
ベビー・フェイスなので10代にも見えるが、飲酒の場面もあるから、多分成人、20歳は超えている。
騎手で身体が小さく、12歳のエリザベス・テイラー演じるベルベットとそう年齢も違わない雰囲気だが、彼女の姉よりよほど歳上だろう。
このマイがベルベットやその母親から大きな信頼を寄せられることで立ち直っていく姿が一つの見所になっている。
なにしろ、窓の外からベルベットの母が金をポットにしまうのを見た時の顔がこれ。
マイ・テイラー(ミッキー・ルーニー)
小悪党全開。この顔が、ベルベットや名馬パイ、ブラウン家の人たちと触れ合うことで、どんどん善良な顔立ちに変わって行くのがとても癒される。
クライマックスのグランド・ナショナルの競馬シーンでは、我を忘れてベルベットとパイに声援を送る。その顔には、もう悪党の名残はカケラも見えない。
パイを応援するマイと隣のおじさん。
隣の双眼鏡を持ったおじさんがいい味を出していて、もう最高。
レースシーンの箸休め的憩いの一コマ。
そして、何といっても最高の名演者が、パイ役のお馬さん。
特に、途中で病気になって死にかけるシーンでは、ほんとうに死にそうな唸り声を上げたりして、見事な役者ぶりを発揮している。
荷馬車になるのを嫌がって、門を破壊して逃げ出すシーンなどは、爆笑ものだった。
病気のパイとベルベット(エリザベス・テイラー)
このパイが、本当にベルベットの心がわかっているのではないかというほどの名優ぶりで、なまら感心した。
私としては、俳優がいかに名演技を披露しても、馬が名馬に見えないとやはりシラけてしまう。
どうやって躾けたのかわからないが、そもそも頭がトンデモなくいいのだろう。
多分、私より知能指数が高そうな気がする。
最後に、どうしても触れておかなければならないお二人。
ベルベットの両親。
ベルベットの母(アン・リヴェア)と父(ドナルド・クリスプ)
「かくあるべし」という偏見の塊で、まさに俗人の鑑ともいえそうな肉屋の旦那ブラウン氏(ドナルド・クリスプ)と、かつて英仏海峡を泳ぎ切った経験をもつ元水泳選手の妻という異色の取り合わせ。
母の言葉の深さと、いかにも世間体が大切そうな父の行動の対比が、非常に上手く機能している。
確かに母の言葉は含蓄に溢れた名言揃いで、箴言集でも作成したいほどなのだが、それは、父の俗物ぶりがあってこそ、より際立つ。
母の素晴らしい台詞の数々は、ここに書くより、ぜひ映画を観て確かめていただきたいのだが、なるほどこれなら助演女優賞も納得である。
妻の思慮深さに比べて、ブラウン氏の俗っぽいのには、
(どこがいいんだ、こんな男?)
と、最初は思わされてしまう。
大らかで単純で、英国紳士とはほど遠い印象を受ける。
ところが、話が進むにつれ、この旦那が実に可愛らしく魅力的に見えてくるから不思議だ。
それで思い出したのだが、後にやはりエリザベス・テイラーがヒロインを演じた「ジャイアンツ」のロック・ハドソン。東部の進歩的な妻を迎えた西部の大牧場主に似ているように感じた。
偏見の塊のような男が進歩的な妻を愛し、尊敬するが故に、自身の偏見から解放されて行くあの感じ。
イギリスを舞台にし、イギリスの代表的な競馬の祭典を題材にしながら、家族の形は徹頭徹尾アメリカンなのが実に面白い。
令和の時代に受け容れられるか知らないが、それこそ金ローなどで放送し、家族揃って観てほしいファミリー映画の傑作である。
日テレよ、ジブリやマーベルだけが映画じゃないゾ!