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ほうしの部屋

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 ジェシー・ケラーマンの長編小説『駄作』を読了しました。

 著者のケラーマンは、父母がベストセラー作家の家に1978年に生まれました。2006年に作家デビューし、4冊発表します。5冊目の本作品『駄作』が、アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)の最優秀長編賞にノミネートされました。劇作家としても評価の高い作家です。

 売れない文芸作家が、軽蔑していた旧友でベストセラー通俗作家の遺作原稿を盗み、自分の名義で発表し、ベストセラーになります。それがきっかけで、主人公は、国家間の大陰謀に巻き込まれていきます。旧友のベストセラー作品の数々には、秘密組織の暗号が仕込まれていたのでした。恋人でもあり組織の重要人物である女性を救い出すために、文芸が争いのもとになっている分裂国家に派遣され、死の危機に襲われます。そして、主人公の人生は、国家の思惑に翻弄されていきます。途中からの突飛な展開に、ついていくのに苦労する作品ですが、スリリングな展開を持つ作品とも言えます。

 

 それでは本作品の内容を紹介します。

 

 主人公のブフェファコーンは、売れない作家です。生涯で出版した作品は一つしかありません。大学で文芸創作を教えて糊口をしのいでいます。独り者のブフェファコーンは、娘を溺愛しています。娘はポールという会計士と結婚するつもりで、ブフェファコーンはあまり乗り気ではありません。ある日、大学時代からの親友でベストセラー作家のビルがヨットで遭難して行方不明になります。ブフェファコーンはビルを「卑しい売文家」だと思っていました。捜索期間が終了し、ビルは死亡扱いになり追悼式が開かれることになりました。追悼式でブフェファコーンはビルの出版エージェントの老人セイヴォリーと知り合います。追悼式に参列したブフェファコーンは、ビルの妻カーロッタの誘いで、ビルの屋敷に泊まり、カーロッタと寝ます。もともと、好意を抱き合っていたブフェファコーンとカーロッタは恋人関係になります。食事をしていて、カーロッタは、ビルが大衆向け娯楽作品でなく文芸作品を書こうとしていたといいます。カーロッタはバレエダンサーで、ゲイのダンサーを屋敷に招いて個人レッスンを受けていました。ビルの屋敷に泊まったブフェファコーンは、ビルの仕事場で未完成の娯楽作品の原稿を見つけました。ビルはブフェファコーンを非常に尊敬しており、ブフェファコーンの唯一の小説『巨像の影』を大事に読み、書き込みまでしていました。大学時代、ブフェファコーンはビルの作品をしばしば添削してやっていました。ビルの未完成の原稿を、ブフェファコーンはこっそり持ち帰りました。そして拙い表現やくどい言い回しを直したりして、結末もつけて完成させ、ブフェファコーン名義で出版社に送りました。その作品『ブラッド・アイズ』は大ヒット作となり、世界中で翻訳され、ハリウッドから映画化の話もきて、ブフェファコーンを一躍、文壇の寵児に仕立て上げました。ブフェファコーンは金持ちになり、新しいアパートメントに引っ越し、娘とその結婚相手との結婚式の費用も出してやりました。ブフェファコーンの不安は、ビルの妻だったカーロッタが、ブフェファコーンがビルの原稿を盗用したことに気づいているのではないかということでした。そのため、ブフェファコーンはしばらく、カーロッタに電話連絡できずにいました。しかし、カーロッタはブフェファコーンの所業に気づいていないらしく、二人は再び愛し合うようになりました。『ブラッド・アイズ』の成功によって、ブフェファコーンは、あと3冊の新作を書く契約を出版社と結びました。しかし、ブフェファコーンはいつまでたっても、通俗的なプロットが浮かばず、エージェントや出版社をやきもきさせます。ブフェファコーンは、自分の本当の唯一の作品である『巨像の影』をギャングものに変えて書き直せないか考えてみました。ベストセラー作家になったのとは裏腹に、大学の文芸創作の授業では、ブフェファコーンは生徒たちから軽蔑の対象にされてしまいました。新作が書けずに行き詰まっていたブフェファコーンのもとに、ビルのエージェントだったセイヴォリーから「わたしと会え」というメッセージがきました。セイヴォリーのオフィスを訪れたブフェファコーンは、ビルの創作についてとんでもない秘密を聞かされます。ビルは、書いていませんでした。極秘の国家諜報機関が作った話を小説にしていただけでした。その作品の各所には、世界に散らばったスパイたちへの指令の暗号が仕込まれていました。通俗的なスリラー小説ならば、世界中に浸透します。したがって、スパイたちへの指令も伝わりやすくなるのでした。ブフェファコーンが盗作した『ブラッド・アイズ』の出版後に、東ズラビアの大統領クリメント・シジッチが、尻を撃たれました。本来の命令は西ズラビアでの偵察活動でしたが、間違って伝わって、東ズラビア大統領の暗殺未遂が起きたのです。それは、ブフェファコーンが、盗作の中で、何度も登場する常套句を削ったからでした。常套句は、指令のフラグになっていました。ブフェファコーンは、セイヴォリーから、新しい原稿を渡され、フラグとして機能する常套句を一字一句改変することなく、出版するように命じられました。それは『ブラッド・ナイト』という題名で、前作からのシリーズものでした。『ブラッド・ナイト』は出版社に歓迎されました。ブフェファコーンは、自分は世界を変えるかもしれない本を出すのだと思い、自分が魂を売ったことを後悔しかけました。ブフェファコーンは図書館で調べてみて、ビルの作品がどれも、ズラビアの政治的命運が変わる前に出版されていたことに気づきます。『ブラッド・ナイト』に仕込まれた暗号フラグが何を命じるものかを分析しようとしましたが、うまくいきませんでした。『ブラッド・ナイト』は出版され、それ以後、ブフェファコーンは、ニュースや新聞が伝える世界の大事件の数々が気になってしかたありませんでした。自分の名義で出版された本のせいで、世界のどこかで動乱が起きているかもしれないと思いました。共産主義国家である西ズラビアの首相ドラゴミール・ズルクが暗殺されました。東ズラビアの大統領クレメント・シジッチへの暗殺未遂の報復だと思われましたが、東ズラビアを支持するアメリカの軍事介入の危機が迫っていました。その一環でズルクは暗殺されたのだとロシアはアメリカを非難しました。ブフェファコーンは『ブラッド・ナイト』に仕込まれた暗号のせいで、ズルクが暗殺されたのだと思い込みました。ブフェファコーンはカーロッタに連絡を取ろうとしましたが、つながらず、屋敷に向かいました。ダンス室で、カーロッタのダンス・パートナーの男が惨殺死体で見つかり、カーロッタは行方不明でした。ブフェファコーンは、殺人と誘拐の嫌疑をかけられて警察で尋問されます。ブフェファコーンは留置場に入れられましたが、裁判所へ移送される途中に、何者かに薬物を注射されて昏倒します。目を覚ましたブフェファコーンはモーテルの一室にいました。電話がかかってきてそこを出ろと言われます。フロントのテレビはブフェファコーンが指名手配されていることを伝えていました。電話の指令に従って振る舞っていると、いつの間にか、背後にブルーブラッドと名乗る口ひげの濃い男が立っていました。ブルーブラッドに見せられた写真には、カーロッタが銃を突きつけられて監禁されているのが写っていました。ブルーブラッドに連れられて、ブフェファコーンは水辺のログハウスに入ります。そこには、ブフェファコーンの娘婿のポールがいました。ポールはその場のスパイ活動の責任者でした。ポールが見せた映像では、ズラビアのテロ組織である五月二十六日革命隊がカーロッタを捕らえ、解放の条件として、ブフェファコーンがアメリカのワークベンチ(作業台)を持ってくるように要求していました。ポールの話では、セイヴォリーは二重スパイだといいます。東ズラビアの大統領クリメント・シジッチが自分で尻を撃って、西ズラビアへの侵攻の口実を作ろうとしたといいます。すでに大富豪のシジッチは、西ズラビアのガス田を狙っていました。シジッチが、西ズラビア首相のズルクを暗殺するために、『ブラッド・ナイト』の原稿をセイヴォリーに渡し、ブフェファコーン名義で出版させたのでした。五月二十六日革命隊は、西ズラビアの反・反革命家のグループで、ズルクが原型を作りましたが、シジッチの部隊と喧嘩するための武器(ワークベンチ)が必要で、カーロッタを誘拐し、アメリカに要求してきたのだといいます。そのワークベンチは、世界中の機密情報や核兵器などにアクセス可能なものでした。カーロッタは、本に暗号を組み込むプログラムを開発した有能なエージェントでした。ブフェファコーンは、ダミーの暗号を仕込んだ小説を五月二十六日革命隊に売りつけ、カーロッタを助け出す任務を与えられました。ブフェファコーンは10日間あまり、厳しいスパイの訓練を受けました。そして荷物を整えられて、西ズラビアに送り込まれました。西ズラビアでブフェファコーンが滞在したホテル・メトロポールは、共産主義社会の縮図のような酷い設備で、食事も貧しいものでした。カナダ国籍の肥料会社の副社長という名義で入国したブフェファコーンは、それらしく振る舞うために、関係部署を訪問したり、牧場を視察したりしました。フョートルという政府関係者らしき男とホテルで知り合いになり、何かと面倒を見てもらいました。ある日、ブフェファコーンの部屋が荒らされて物盗りに遭いました。ブフェファコーンはフョートルの案内で市内観光をしました。そして、ズラビアの成立に欠かせない、ヴァシリー王子の詩編が成立して1500周年の式典が近づいていることを知ります。その詩編は未完成でした。暗殺されたズルク首相の貧しい家も視察しました。ブフェファコーンは、創作とスパイ活動の類似性について考えました。双方ともに孤独です。しかし、スパイ活動のほうが理不尽な我慢に耐えなければならないことを痛感します。ある朝、フョートルがホテルの部屋の入り口まで訪ねてきて、付けヒゲが取れてしまったブフェファコーンは、慌ててスペアの付けヒゲを貼り付けようとして、瞬間接着剤で指と唇をくっつけてしまいました。慌てて必死の思いで取ろうとして、唇の皮膚が剥がれて血が出て、おまけに付けヒゲを上下逆に付けてしまいました。ブフェファコーンはしかめっ面をしてヒゲの向きをごまかそうとします。そのことにフョートルは気づいたのか気づかないのか、牧場に案内し、肥料のサンプルをブフェファコーンに渡しました。二人は森の中に入りました。秘密を知られたことを恐れて、ブフェファコーンはフョートルを殺そうとします。しかし、目論見は外れて、フョートルは自分が電子監視局の局長だと身分を明かします。フョートルはアメリカのことを教えて欲しいといいますが、ブフェファコーンは断ります。フョートルと断絶したブフェファコーンは、ホテルでも独りぼっちになり、カーロッタが恋しくなり、家に帰りたいとも思いました。ブフェファコーンはホテルの給仕にもらった食べ物を口にして気絶しました。気づくと、両手両足を縛られて車のトランクに入れられていました。車が止まり、ブフェファコーンは降ろされました。そこには二重スパイのセイヴォリーがいました。ブフェファコーンは東ズラビアへ連れていかれました。セイヴォリーの案内で、シジッチ大統領に面会します。シジッチはブフェファコーンをもてなしましたが、それは、ブフェファコーンを処刑する前夜祭のようなものでした。西ズラビアの五月二十六日革命隊は、シジッチがでっちあげた組織であり、カーロッタを誘拐したのはシジッチの命令でした。シジッチは、自分が尻を撃たれたのは、ブフェファコーンの『ブラッド・アイズ』に仕込まれた暗号のせいだといいます。『ブラッド・ナイト』には、シジッチの命令で、西ズラビアのズルク首相を暗殺するように暗号が仕込まれていたとブフェファコーンは思っていましたが、シジッチによると『ブラッド・ナイト』にはダミーの暗号コードしか入ってないといいます。そして、世界中の通俗小説のどこに本物の指令暗号が仕込まれているかは、わからないようになっているといいます。ブフェファコーンを処刑すれば、シジッチ大統領の支持率が上がるといいます。文学は、4世紀のあいだ、ズラビア人の民族紛争の理論的な支えになってきたといいます。ブフェファコーンは死刑囚用の監房へ連れていかれました。それは大統領執務室と同じ階にありました。ブフェファコーンは、シジッチは、野蛮で頭のおかしい独裁者で、アメリカのコンサルティング会社の助言に従っているだけだと思い、銃殺刑については怖くなかったのですが、任務を遂行できず、カーロッタも娘も失う羽目になったことを後悔しました。ブフェファコーンは遺書を残そうとしましたが、うまく書けませんでした。そして処刑当日の朝、着替えたスーツの内ポケットから脱獄方法の指示リストを見つけました。荷物用エレベータでビルから脱出したブフェファコーンは、再び、見ず知らずの者が運転する車のトランクに入れられました。再びセイヴォリーが現われ、ブフェファコーンは催眠剤で眠らされました。ブフェファコーンは再び西ズラビアに戻され、独房に入れられ、死んだはずのズルク首相に面会しました。『ブラッド・アイズ』は、ズルク傘下の共産党組織の手になるもので、東ズラビアのシジッチ大統領暗殺の指令暗号が仕込まれていたといいます。暗殺は失敗しましたが、シジッチの無能さや資本主義の堕落を印象づけることには成功したといいます。五月二十六日革命隊は、実は、最高機密扱いの党のエリート部隊だといいます。セイヴォリーも、党の計画に従っているといいます。ズルクは、ブフェファコーンの処女出版の小説『巨像の影』の初版本を持っていました。ズルクは、ブフェファコーンの大ファンだといいます。そして、国民や軍の士気を高めるために、ヴァシリー王子の詩編を完成させてほしいと依頼します。国や民族を支える大叙事詩の結末を書いてほしいというのです。ズルクによると、ブフェファコーンの先祖はユダヤ人ではなくズラビア人の家具職人だったといいます。ブフェファコーンは独房に入れられ、貧しい食事を与えられ、詩編の完成を命じられます。東ズラビアの新聞が、著名な作家を処刑したという記事を載せていました。殺されたのはペパーズという流行作家でした。ブフェファコーンは詩作に取りかかりましたが、詩の才能がない上に、難解なズラビア語の韻律詩を書くのは容易なことではありませんでした。ヴァシリー王子の詩編は無意味さという面で、読み継がれる価値があるとブフェファコーンは思いました。執筆に詰まり、ブフェファコーンは、ビルやカーロッタや娘あてに読まれるあてのない手紙を書きました。詩編の執筆の最終期限が48時間に近づき、ブフェファコーンは『巨像の影』の最終章を流用することを思いつきます。ブフェファコーンの身の回りの世話をしてくれていたズルクの妻が、ズルクはブフェファコーンをヴァシリー王子の記念祭の前に殺すつもりだといいます。子供が産めなかったズルクの妻は、下女のように扱われていました。ブフェファコーンの手紙を読んだズルクの妻は、ブフェファコーンの脱走の手引きをしてくれました。化学防護服を着せられて、手紙と詩編のエンディング原稿を持ったブフェファコーンは、ズルクの妻の案内で、独房のある建物から脱出しました。ズルクの妻に、彼女がほしがったので、毒薬入りの自殺用ミントタブレットの缶を与えました。ブフェファコーンは廃炉となった原発の近くにある建物を囲む有毒な汚泥をかきわけて進み、彼が西ズラビアに初めてやってきた時に世話になったフョートルに電話しました。ブフェファコーンがフョートルの家に行くと、巨体の男が待っていました。疲労で気絶したブフェファコーンは看護されて息を吹き返します。フョートルによると、カーロッタは、ブフェファコーンが最初に泊まっていたホテル・メトロポールに監禁されているといいます。巨体の男は船長でした。ブフェファコーンはホテルに入り、かつて自分が泊まっていた部屋から10メートルも離れていない部屋にカーロッタが監禁されているのを見つけます。部屋にいたセイヴォリーをスタンガンで気絶させ、カーロッタを助け出しました。敵が来たと思い暴れまくるカーロッタを押さえつけて、自分がブフェファコーンであることを認識させました。そして、カーロッタを連れてホテルを抜け出し、港で船を見つけ、フョートルの知り合いの船長に出迎えられます。貨物検査の警備犬の鼻をごまかすために、隠れた木箱の周囲にオーデコロンに似せた溶剤を振りかけましたが、溶剤のせいで貨物が崩れて、ブフェファコーンは下敷きになり、大怪我を負います。それでも何とかごまかして、カーロッタとブフェファコーンを乗せた船は出航しました。二人は何度も愛を交わしました。カーロッタは捨て駒にされて誘拐され、素人のブフェファコーンを助けによこさせたアメリカ当局は、カーロッタを見捨てていたと考えられました。カーロッタは、色々知りすぎたブフェファコーンは危険な立場にあり、どこか外国でやり直すべきだと言います。カーロッタは、ある港で降りてアメリカ大使館に向かいました。ブフェファコーンは殺されたと報告するためでした。それがカーロッタとの別れでした。ブフェファコーンもしばらくして船を下り、ハヴァナの病院に滞在しました。カーロッタの言うとおりで、捨て駒として使われたブフェファコーンは永遠に故郷に帰ることができなくなりました。傷が癒えたブフェファコーンはメキシコを放浪しました。新聞によると、西ズラビアでのヴァシリー王子の詩編1500年祭典は大成功に終わり、嫉妬した東ズラビアの侵攻を招き、東ズラビアで新しい詩編の結末が発表されたことで、不満に思った西ズラビアの市民が暴動を起こしていました。東西ズラビアは深刻な戦乱に陥りました。詩編の結末を読んだブフェファコーンはそれは全くのクズだと思いました。ブフェファコーンはある海辺の村に住み着きました。掘っ立て小屋で暮らし、教会の下男として働き、わずかな収入を得ました。毎月、給料をはたいてペーパーバック4冊を購入して読むのが愉しみでした。本を作る人間は不完全なものだ。その不完全さのゆえに本は読む価値のあるものになる。本というのはしなやかな機械で、それを作った人間を神に変える。書くことは手ごわいが、読むことはさらに手ごわい。さまざまな理解の仕方があり、言葉と意味のあいだには大きな空白が生じる。そうブフェファコーンは考えていました。ブフェファコーンは、西ズラビア人民出版から出た、ヴァシリー王子の詩編の結末を読んで、共産主義のアジ宣伝に満ちた、芸術性に欠ける駄作ぶりに失笑しました。ブフェファコーンのもとを、死んだとされていた流行作家のビルが訪れました。ビルは、船で遭難して海に漂っているところを見知らぬ船に助けられたといいます。ビルは、組織がブフェファコーンの居所を突き止めたから、この村から出て行くように促しました。実は、ビルは組織からブフェファコーンを殺害するように命じられて派遣されていたのでした。ブフェファコーンはビルを連れて海辺に行き、一人で海に入っていきました。沖合まで泳ぎ仰向けになりましたが、ブフェファコーンの体は沈まずに浮いていました。ブフェファコーンは自分の体を知覚できなくなり、彼の体は、海の生き物たちの巣窟になりました。ブフェファコーンは石灰化し、そこに大量の土砂がまとわりついて、砂州ができ、樹木が生い茂りました。そこは観光地になり、訪れる客たちを、ブフェファコーンは唯一効く目で見つめているのでした。

 

 ストーリーはざっとこのようなものです。

 

 本作品は、邦題通りに『駄作』になるか否かのギリギリの線を攻めていると言えます。前半は、作家の盗作を巡り、人々の思惑の交錯が描かれ、文学を巡るサスペンスかと思わせておいて、後半は、荒唐無稽なスパイ小説になっています。この突飛な展開は、『駄作』と呼ばれても仕方のない作品になる危険性を秘めています。しかし、後半でも、共産主義と資本主義という体制的対立以上に、文学(詩)を巡る民族対立という文学的に面白い設定があり、随所に、作家や作品を巡る考察がちりばめられており、単純なスパイ小説にはなっていません。それが本作品を『駄作』から救い出していると言えます。『駄作』というのは、もちろん、作品中に出てくる、通俗小説や国家間(民族)対立の源になっている歴史的詩編の結末を表わしているのだと思います。決して本作品そのものが『駄作』だというわけではありません。とはいえ、著者は、かなり手の込んだ勝負手を打っていると言えるでしょう。本作品の原題は『ポットボイラー』といい、金目当ての通俗小説、もしくはそういう作品を書く作家のことを指しています。そういう意味では、邦題の『駄作』はタイトルとしてふさわしく、インパクトもあると言えるでしょう。

 本作品は、サスペンスやスリラーの体裁をとりながら、それを「異化」する、あるいは「脱構築」する意図をもって書かれているように思えます。本に暗号が仕込まれているというのは、スパイの世界では常識的なことで、実際に乱数表と一緒に実用化されて長い間使われていました。しかし、スパイ小説のように思わせて、出てくる主人公は、ヒーローなどではなく、仕事もまともにできない中年男です。彼がいろいろ試行錯誤したり暴れることで、スリリングなスパイ小説、カタルシスが残る通俗小説という体裁を、次々と壊していきます。そして、エンディングも含めて、最後には、文学的大伽藍に読者を招き寄せるように進行します。通俗小説の手法を借りながら、それをまるで文学作品のように、読者の意図をずらしていくのです。文学を巡る、作家と読者の営みを、豊かなものに思わせながら、そんなものは不毛だと切り捨てるような両義性をもたせています。この、喉に魚の小骨が刺さったような違和感のようなものを読後に残すことで、本作品の意図は成功しているのだと思います。