ウルトラセブンと冬木透 | ほうしの部屋

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 作曲家の冬木透の自伝的作品(青山通との共著)『ウルトラ音楽術』を読了しました。

 

 ドラマや映画の数々の劇伴音楽で手腕を振るい、大学で音楽を教えたり、宗教音楽の作曲などでも有名な作曲家冬木透の自伝です。冬木透の幼少期からの思い出が語られ、特に「ウルトラセブン」「帰ってきたウルトラマン」の音楽を作った経験が多く語られています。冬木透が語ったことを、ライターの青山通が文章化して書籍にしたものです。参考のために、青山通が書いた『ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた』も読みました。こちらは、10年近く前に書かれ、青山が、幼少期に見た「ウルトラセブン」の最終回「史上最大の侵略」で使われた、主人公のモロボシ・ダンが、恋仲にあった女性隊員アンヌに、自分がウルトラセブンであることを告白する名シーンのBGMとして使われていたシューマンのピアノ協奏曲に魅了され、その音楽を探すという話題が中心になっています。シューマンのピアノ協奏曲といっても、ピアニストと指揮者が異なる何枚ものレコードが存在します。その一つ一つを聴いて、ドラマ本編で使われた音源(音盤)を探り当てるまでの長い努力が語られています。その過程で、冬木透にも面会し、「ウルトラセブン」の音楽についての記憶を再確認していきます。この青山通の『ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた』の続編とも言えるのが、本書『ウルトラ音楽術』です。本書では、青山は黒子に徹して、冬木透の語り降ろしを文章化することに献身しています。

 

 私も、高校~大学時代はバイトで、大学卒業~30歳代前半まで、作編曲家、シンセ・オペレーター、レコーディング・エンジニア(録音技師)として、音楽制作に携わっていました。その過程で、映画、テレビドラマ、テレビアニメなどの劇伴音楽も多数手がけました。私たちの仕事の基礎を築いてくれたのが、冬木透といった世代の音楽制作者たちでした。本書で冬木透が語っていることは、少々説明不足だったり、薄い内容になってしまっているところもあるので、冬木の発言で印象に残ったものを取り上げ、そこに、私自身の音楽制作の仕事を通して得たことを織り交ぜて、内容紹介していきたいと思います。

 

 冬木透は、満州(中国東北部)で生まれ育ち、上海に移住し、その後、日本の太平洋戦争敗戦で、日本本土に帰ります(広島県)。医師の家庭に生まれた冬木透は、家にあったクラシックのレコードを多数聴いて育ちました。特にワーグナーの楽劇に感銘を受け、ラジオ放送などで他の、シューベルト、モーツァルトといった大作曲家の作品にも触れるようになります。日本に戻ってから、音楽の道に進むことを決意し、父親の反対を押しきって、エリザベート音楽短期大学に進みます。大学では、宗教音楽特にネウマ譜で書かれたグレゴリオ聖歌に魅了されます。卒業後、ラジオ東京(現在のTBS)に就職し、音楽制作、音響制作の仕事をします。ドラマなどの劇中で使われる音楽の作編曲、録音だけでなく、効果音の作成にも携わり、音響全般を制作する仕事に従事しました。ちなみに、冬木透というのは、劇伴を作る際のペンネームです。仕事をしながら、国立音楽大学の3年に編入し、作曲の腕を磨きます。そしてTBSを退社し、フリーの作編曲家として、数々の劇伴の制作に従事するようになります。そこで、円谷英二や円谷一に出会い、円谷プロの特撮ドラマにも参加するようになります。そういう流れがあって、冬木透は、「ウルトラQ」「ウルトラマン」に続く「ウルトラセブン」シリーズの音楽を担当することになります。そして引き続き、「帰ってきたウルトラマン」の劇伴も制作します(この際の主題歌は、すぎやまこういちが作曲)。

 

 ウルトラシリーズで、冬木透が、主題歌や劇伴など音楽全般を一人で作ったのは「ウルトラセブン」です。冬木は、作った音源を映像に当てはめていく音楽監督の仕事もしました。現在では、作編曲家、音響監督、音効担当者など分業化が進んでいますが、「ウルトラセブン」での冬木透は、作編曲、レコーディング、ドラマの音入れなど、全てにわたって音楽全般を担当しました。そのため、純粋な音楽だけでなく、劇中のどのタイミングでどの音楽の断片が使用されているかについても、冬木透のセンスが光るドラマになっています。

 映画音楽は、シナリオや撮られた仮編集の映像などを見て、それに会わせて音楽を作るというプロセスが主流です。しかし、テレビドラマやテレビアニメでは、映像の作成がぎりぎりまで行われるため、その後に音楽を作るという時間的余裕がありません。そこで、企画書やシナリオの一部から、劇中で使われそうなシチュエーションをあらかじめ想定して、断片的な音楽を事前に制作しておくのです。M1、M17、M5、M30、M78などと、M(ミュージック)ナンバーで区分された、題名のない音楽が作編曲され、レコーディングされます。各々のMナンバーには、その曲の性質を決めるような短い指定があります。「M18 お昼寝の曲」「M25 中華風の曲」「M7 対決の曲」「M29 別れの曲」といった仮の題名のイメージに沿って、作編曲家は音楽を制作して、録りだめしておきます。この音楽の断片を、映像の編集、音入れ作業の時に、使い回して入れていくのです。そのため、特定のMナンバーの曲が数多くのシーンで使われたり、1回も使われないMナンバーの曲もあります。

 冬木透は「ウルトラセブン」で、主題歌3つを作成し、さらにM1~M78までの劇伴を作成しました(劇伴の最後のナンバーがM78というのは、ウルトラファミリーの住む場所がM78星雲であることと、偶然に符合しています)。主題歌の1つめは、実際にドラマのオープニングで使われた、重厚なオーケストラ演奏をバックに少年少女合唱団が歌う「セブン、セブン、セブン……遙かな星が故郷だ……」というおなじみのテーマ曲です。2つめは、モダンなビッグバンド・ジャズ風の伴奏で、ダークダックスなどを思わせる男性コーラスが「ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・セブン」「ワン・ツー・スリー・フォー・ウルトラ・セブン」といった、全編英語歌詞の、渋めの格好良い曲です。ウルトラ警備隊の活動シーンなどでBGMとして幅広く使われました。もう一つは、ウルトラ警備隊のテーマ曲で、勇壮なマーチ風の曲で、ウルトラ警備隊が、秘密基地から発進するシーンなどで多用されました。M1~M78の劇伴は、監督の要望をふまえた冬木透の判断により、ドラマの各所でBGMとして使われ、何度も使い回される曲もありました。また、冬木透は、TBS時代の経験を買われて、音楽だけでなく効果音の制作や音入れも担当していました。「ウルトラセブン」の音に関わることは、ほとんど全て、冬木透一人がやっていたと言えます。

 そして、どうしても、既存の楽曲(M1~M78)では対応できなかったのが、最終話の、ダンとアンヌの別れのシーンの劇伴でした。背景に暗転からまばゆい光が現われるダンの告白とアンヌのショックを演出する曲として選ばれたのが、シューマンのピアノ協奏曲でした。それも、リパッティ(ピアノ)、カラヤン(指揮)、フィルハーモニア管弦楽団、1948年録音のEMIのレコードから抜粋されました。ピアノのカデンツァが速いテンポで駆け下りていく、この演奏が、劇中のシーンにぴったり合いました。他のバージョンではダメなのです。クラシック音楽は、指揮者と演奏者によって、全く雰囲気が変わるもので、青山通は、幼少期に衝撃を受けた「ウルトラセブン」最終話の告白シーンの音楽を探しもとめて、7~8種類のシューマンのピアノ協奏曲のバージョンを、長い間をかけて聴き、中学生の時に、ようやく、最終話で使われたバージョンつまりリパッティ・カラヤン盤を探し当てました。その他、冬木透は、どうしてもシーンに合った曲が見つからない場合、自分が過去のドラマなどの劇伴として作った曲を使う場合もあったようです。

 

 ここからは、音楽制作にまつわる冬木透の思い出話の一部で印象に残ったものを抜粋し、コメントを付け加える形で内容紹介します。

 

 冬木透「放送局でテレビ番組用の音響効果や作曲の仕事を担当したことで、さまざまな楽器のことはもちろん、現場でしか経験できない多様な勉強ができました。学校で理論を、スタジオで応用を学んだと言えるかもしれません」

 たしかに、放送局や音楽スタジオで、劇伴の音楽や効果音を作る仕事は、大変ですが、貴重な経験になります。特に効果音の制作は、工夫とアイデアの連続です。私も、テーマパークの音響効果の制作を担当したことで、音を出す素材の選択、シンセサイザーやサンプラーの応用、幾重にも音を重ねてエフェクトをかけて、一つの効果音を作り出すといった、複雑な工程を、自分で編み出しました。楽曲を作ったり録音する仕事よりも、効果音の制作はクリエイティビティを刺激されるものでした。

 

 冬木透「円谷一監督は私に『子どもの耳が悪くならないように、音感、和声感が育つような音楽を作ってほしい』と希望されました」

 たしかに、「ウルトラセブン」の劇伴音楽は、クラシック的な要素が強く、各々のシーンに合っているだけでなく、子どもの情操教育上も良いものだったと言えるかもしれません。

 

 冬木透「円谷一監督からは『テレビのこんな小さなフレームでは、宇宙の無限の拡がりは、絵として表現するのはむずかしい。そのフレームからもっと拡げて表現できるのは唯一音楽だけだ。そこをぜひともお願いしたい』と言われました」

 たしかに、冬木透の劇伴は、映像のクオリティをさらに向上させるような、そしてテレビのフレームの外へイメージが拡がるような効果を持っていました。最初のレコーディングで予算を使い果たしてしまうような、贅沢な編成のオーケストラで演奏していたのが功を奏したのかもしれません。

 

 冬木透「第二回の音楽録音から、予算が足りなくなり、管楽器は一編成、弦楽器も半分ほどの人数になってしまいました。小編成の音色を生かそうと思い、映像作品世界を反映した室内楽的な作品を多く作りました」

 この予算不足が、かえって功を奏して、冬木透の劇伴には、モーツァルトなどを意識したような、室内楽風の名曲が数多くあります。それは「ウルトラセブン」の各所で効果的に使われていました。

 

 冬木透「作曲の源泉となったのは、子どもの頃から聴いていたクラシック音楽の音や響きであることは間違いありません。自分が始まった幼少期の地点に、自然と帰っていったのかもしれません」

 子どもの情操教育の好循環を思わせます。冬木透は、幼少期に聴いていたクラシックの名曲群の影響で、「ウルトラセブン」の劇伴を作りました。そのテレビ放送を観た子どもたちが、テレビの中で流れる、クラシック風のBGMの影響を受けたのは間違いないでしょう。実際、共著者の青山通は、最終話のBGMとなったシューマンのピアノ協奏曲の(本編で使われたバージョンの)レコードを探しまくったわけです。それだけ強烈な印象を、冬木透の音楽は子どもたちに与えたと言えるでしょう。

 

 冬木透「バスクラリネットやコントラファゴットは、クラシック音楽のオーケストラ作品でもロマン派の前半あたりまでは使われなかった低音楽器です。怪獣の重々しい感じを表現するのに効果的でした」

 低音の木管楽器や金管楽器は、大編成のオーケストラやブラスバンドでしか使われません。あえてそういう低音楽器を入れることで、重厚感を演出するのに成功しています。

 

 冬木透「実相寺昭雄監督は、リクエストに多くの言葉を用いないという傾向がありました。暗示的、観念的、直観的な伝え方でした。録音方法でも、テスト練習しないで、全部ぶっつけ本番で演奏して録音することを望みました。あまり整わないような音がほしい、と要求されました」

 円谷のシリーズで、実相寺昭雄監督の作品が私は格別に好きです。異常であり、芸術的なセンスに満ちあふれています。子どもには理解できないのではないか、といった心配抜きに、難解なドラマを作っていました。大人の今でも私は、実相寺監督の作品を思い出しては、解釈を考えることがあります。そういう個性的な監督ですから、音楽に求めるものも、常識外れだったのでしょう。

 

 冬木透「テーマ曲の歌詞として監督がくれたのは、とても短いフレーズでした。これでは歌にならないと言うと、『適当にやっていいよ』と言われました。そこで、冒頭に『セブン、セブン、セブン』という連呼を加えたのでした」

 テーマ曲の歌詞の少なさには、冬木透は苦労したようです。番組冒頭に流れるテーマ曲もそうですが、全編英語歌詞のもう一つのテーマソングも、歌詞不足で「ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・セブン」という冒頭のフレーズを、冬木透が考えて入れたようです。音楽関係のことは、ほとんど冬木透におんぶに抱っこだったようです。

 

 このように、「ウルトラセブン」の音楽や効果音の制作を、ほとんど一人で責任を持って担当した冬木透は、次のシリーズ「帰ってきたウルトラマン」の劇伴も担当します。「ワンダバダバ・ワンダバダバ・ワンダバダバ・ワン」という男声コーラスが印象的な、MATのテーマ曲は、「ウルトラセブン」の2曲目のテーマ曲の作成法を踏襲していると思います。

 円谷プロのウルトラシリーズに多大な貢献をした冬木透ですが、その後は、音楽大学で教鞭をとり、後輩たちに作曲の指導などを行うようになります。近年になって、「ウルトラセブン」などウルトラシリーズで冬木透が手がけた音楽を、彼自身が指揮棒を振り、フルオーケストラで演奏する催しが何度か行われています。熱心なファンを魅了しています。

 特撮ものの作品では、映像に目を奪われることが多いものですが、実は、背景で鳴っている音楽や効果音が、作品に視聴者を引き込むために重要な役割を果たしています。そのことを、冬木透の仕事は確実に裏付けていると言えます。