今年も早くも、あと数えるほどになってしまいました。
年々、進むスピードが速くなるような気がします。
さて、今年は我々住宅業界では色々なことがおきました、やはり震災の影響もあり、さまざまな場所や場面で震災のことを抜きにしては語れません。
その中で、私どもの住宅を取り巻く業界では、原発の影響もありますが、エネルギーの方向性が定まらぬこともあり、省エネルギーに付いても、建築業者の自主性に任せるやり方は、まだまだ変化の兆しは見えません。
いくら、政府がさまざまな政策を用いて色々な施策を立てても縦割り行政の縛りの中ではこれだと言う打開策は見えないのが現実です。
住宅エコポイントは、その中でも予算のつけかたにおいても群を抜いていました。
私どものお客様のなかでも、このエコポイントではずいぶんお世話になりました。
経済産業省や国交省、そして環境省とすべてのお役所が、この省エネルギーに対してさまざまなスキームを描いています。
せめて、3庁ぐらい一緒にやってくれればと思うのですが、後ろにある巨大なマーケットが許さないのかも知れません。
日本は一時期「計画経済」だったことがあります。戦前の「経済新体制確立要綱」などではなく、住宅計画では社会主義のような「五ヵ年計画」がついこの間まで実行されていました。
うめよ、ふやせよで、都市の住宅が極端に不足していた時代はとうの昔に過ぎ去り、いまや住宅は巨大なストックに成ってしまいました。
日本住宅公団もUR・都市再生機構と名を変えましたが、本質はぜんぜん違うものと成りました。
住宅公団の果たしてきた役割は大きく、マンションなどと言う名前の無かったころから、自ら仕事を作り続けて「団地」を作ってきました。
また、都市近郊の分譲住宅も大都市に通勤する就労者にとっては、「夢のマイホーム」です。
賃貸アパートから庭付一戸建てへのすごろくゲームは、いまや昔話になってしまいました。
バブルを経験したわれら50代にとって、住宅への郷愁は計り知れないものがあります。
私の父や祖父の世代にとっては、住宅は男子一生の成果であり、住宅への思いは私らなどより強いと思います。
住宅を購入するものにとって、借金(ローン)は当たり前ではありますが、この割賦販売そのものが、住宅を建てる昔の業者にとって追い風にもなりました。
いまや、ゼネコンを下請けに使うハウスメーカーもこの金融商品ともいえるローン付住宅で財を成したのです。
私どもの強みは今、何かと問われれば「住宅を再生すること」です。
リフォーム業ではなく、あくまでも再生業なのです。
30年や40年は当たり前、50年、60年、時には70年の住宅でさえも再生を行います。
もちろん木造住宅が主ではありますが、今年は、あらたに日本住宅公団や住宅供給公社の分譲住宅型マンションも専有部分ではありますが、再生のお手伝いをさせて頂きました。
同じものはひとつとしてない木造住宅とは違いマンションならではのノウハウが必要とされます。
色々な仕事をさせて頂き、毎日が本当に勉強です。
私も住宅を志して、33年になりましたが、私が何もわからずに、この業界に飛び込んできたころとは、日本の住宅もずいぶん変わりました。
面白いのは、住宅はその世代を移す鏡のようなものだと言うことです。
70年前には70年前の大工さんの苦労がしのばれ、30年前の大工さんのやり方でも今とは大きく違うことが多々あります。
来年3月には、国産材100%の自然住宅が出来ます。
日本で一番小さな住宅メーカーが作る住宅を、ぜひごらんになって頂きたいと思います。
どうぞ、皆様良いお年をお迎えください。
今年も一年、本当にありがとうございました。