
晴れた日、入れ歯 を拾った。
墓地 の入り口付近、アスファルト道路の真ん真ん中だ。
まるで生きているかのような肉色と白く光る歯並びに驚いた。
さっそく丁寧に持ち帰り、職員たちに見せたところ、〝何てものを……〟というように眉をしかめ、「すぐ、水に入れなきゃ」と言う。
乾くとダメになってしまうのだそうだ。
それに数十万円すると聞いて、また、仰天した。
あとは2人に任せ、作家村上春樹 氏のエッセー『ジャック・ロンドン の入れ歯 』を思い出した。
氏と誕生日が同じアメリカの作家にジャック・ロンドン という人がいた。
過去形で書くのは、彼が名声の絶頂で自殺してしまったからだ。
彼が日露戦争の従軍記者として朝鮮半島へ出かけた時、単身、宿泊した辺鄙(ヘンピ)な村の役人から頼まれた。
「村のものたち全員が御尊顔を拝したいと申しております。
もしよろしかったら、広場でみんなにお顔を見せてやっていただけますか」
彼は、自分の文名がこんな寒村にまで知れ渡っていることに驚きながらも、感激した。
さて、ぎっしりと聴衆で埋まった広場へでかけた彼に、役人は言った。
「申し訳ありませんがちょっと入れ歯 を外して見せていただけますでしょうか」
それまで入れ歯 というものを目にしたことのなかった観客は熱烈な拍手を送った。
お立ち台に立って、30分もの間、入れ歯 を外したり入れたりしながら、彼は心底、こう思ったという。
「人間がどれだけ死力を尽くして何かを追求したところで、その分野で人々に認められるのは稀なことなのだ」
村上春樹 氏はこの一件について思う。
「これを読んで僕は、ロンドンという人は本当に偉いと思った。
感動さえした。
もちろん腹も立てずそのまま半時間も入れ歯 を出したり入れたりしていた親切さも相当偉いと思う。
顎の筋肉だってずいぶん疲れたことだろう。
しかし僕がそれ以上に感心したのは、その教訓の学び方であった。
もし千人の人間がまったく同じ立場に置かれたとしても、そこからこんな特殊な教訓を引き出せる人は彼の他にまずいないのではないだろうか。」
「しかし考えてみればまあそのとおりだよな、と僕も思う。
人は何かに向かってたとえ血の滲むような努力をしても、必ずしもそのことで他人に認められるとは限らないのだ。
それはたしかに人が肝に銘じておいていい事実であるだろう。
僕はこのエピソードを読んで、ジャック・ロンドン という作家が以前にも増して好きになった。」
ところで、地震、津波、大雨、大風など、地球温暖化現象による生活環境の激変は凄まじい。
今は主として、自然の中で暮らしてきた山村、農村、漁村の人々が甚大な被害を蒙っているが、ある限度を超えると、次には、都会の機能が麻痺することだろう。
もしも、日本三大鍾乳洞の一つである龍泉洞(岩手県)のように、東京都の地下鉄が水没したならば、あるいは環状線が水没したならば、どうなろうか。
被災地では、アッと言う間に生活の基盤を失い、手の施しようがない人々のもとへ、ボランティアの人々が黙々と足を運び、黙って汗を流す。
しゃがみこんだ老婆の横で若者が泥を運び出す絶望と希望が交錯する光景には、目まいを感じることさえある。
無惨であり、神々しい。
そして、ふと、思う。
〝ボランティアの善男善女は、あれだけ崇高な行為を実践できる魂なりの評価を受け、それにふさわしい生活環境を得ておられるだろうか?〟
〝常々、抗えない無常 や不条理に打ちのめされ、声にならない呻きを抱えていればこそ、呻く人々に対して、じっと傍観者になってはいられないのかも知れない〟
確かに、「どれだけ死力を尽くして何かを追求したところで、その分野で人々に認められるのは稀なこと」なのだろう。
そうであろうと、ジャック・ロンドン は置かれた立場で誠意 を尽くした。
ボランティアの方々も、場と相手とを問わず誠意 を尽くす。
村上春樹 氏はこの誠意 を感じたから、「以前にも増して好きになった」のだろう。
人知れず祈ることくらいしかできなくなった小生もまた、ボランティアの方々があふれさせる誠意 には強く励まされる。
さて、拾った入れ歯です。
しっかり確保し、職員たちがケアしております。
お心当たりの方はどうぞ、お早めにお申し出ください。
原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
般若心経の音声はこちらから どうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらから どうぞ。
「おん あらはしゃのう」
※今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM
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