行者 が魔除けのために使う錫杖 (シャクジョウ)の威力は偉大です。
 ここでは、カシャカシャカシャと錫杖 を振りながら唱える「錫杖 経」の読み下し文を区切って解説しています。
 第八番目の経文です。

第八条 三途八難消滅(サンヅハチナンショウメツ)

「まさに衆生(シュジョウ)のために願うべし。
 十方一切(ジッポウイッサイ)の、
 地獄餓鬼畜生 など八難の処にて、
 苦を受ける衆生(シュジョウ)は、
 錫杖 の声を聞かば、
 速やかに惑癡(ワクチ)の二障と、
 百八の煩悩解脱 (ゲダツ)することを得て、
 菩提 心(ボダイシン)を發(ハッ)し、
 具(ツブサ)に萬行(マンギョウ)を修して、
 速かに菩提 (ボダイ)を證せん」


 行者 は衆生のために願います。
 あらゆるところのすべての、
 地獄 界や餓鬼 界や畜生 界の三途(サンヅ)など、八難の世界で、
 苦を受ける衆生は、
 錫杖 の声を聞いたならば、
 速やかに惑障(ワクショウ)と癡障(ギショウ)と、
 百八の煩悩 から解き放たれて、
 菩提 心を発し、
 あらゆる善根功徳を積む修行を行って、
 早く悟りを得られますように。

 私たちは、八つの世界に堕ちていると仏縁が薄いとされています。
 ①地獄
 ここは火に焼かれるような苦しみがあるので「火途(カズ…火の道)」ともいいます。
 戒律を破った因縁で堕ちるとされています。
 ②餓鬼
 ここは刀で切られるような苦しみがあるので「刀途(トウズ…刀の道)」ともいいます。
 物惜しみをし、我欲に走った因縁で堕ちるとされています。
 ③畜生
 ここはお互いに喰い合い血を流す苦しみがあるので「血途(ケツズ…血の道)」ともいいます。
 恥知らずになった因縁で堕ちるとされています。
 以上の三つは最悪の途(ミチ)であり、「三途(サンヅ)」と呼びます。
 ④長寿天
 寿命が長く安楽であると自己を深く省みたり、問題意識を持ったりできず、教えを学び実践する意識が起こらなくなります。
 お大師様が弱冠18歳の頃、道教的で安楽な不老長寿を求める道でなく、厳しい菩薩の道を選んだことに通じます。
 ⑤辺地
 いわゆる僻地ではありません。
 大切な教えが情報としてもたらされないように離れ、隔離された場所にいては、仏法に帰依できません。
 ⑥身体不全
 身体に重い病気を抱えて苦しんでいる場合には、業(ゴウ)を深く考えたりする余裕がありません。
 当病平癒などの現世利益は、眼前の苦しみを脱し、み仏の子として生きる意識や意欲を持てるようになって真の成就といえます。
 ⑦世智弁聡(セチベンソウ)
 知恵がまわり口も達者で世渡りに長け、世間的才知でうまくやれる人は、自分の抱えている根元的な心の闇に気づかなかったりします。
 人が大成するパターンの一つが「大きな挫折体験」とされているのは、才知の役立たない場面に遭遇することの価値を示しています。
 ⑧仏前仏後
 み仏の教えが説かれる前やそれが消滅してしまった後では、学ぶ機会がありません。
 いわゆる「焚書(フンショ…書物を焼却すること)」は、人類への破壊行為です。

 もしもこうした世界にいる人々でも、『錫杖 経』によって救われると説かれています。
 煩悩 から解脱 できます。
 それを邪魔する障りとして二つ挙げられています。
 一つは惑障(ワクショウ)です。
 煩悩 障(ボンノウショウ)ともいい、貪り、怒り、愚かさなどは心の平安を破り、悟りから遠ざけます。
 もう一つは癡障(ギショウ)です。
 所知障(ショチショウ)ともいい、自分や世界を観て考える際の見解が誤っていれば、鏡が曇り、定規が狂っているようなものであり、悟りへ向かう心が起こりません。
 錫杖 をうち振る行者 の祈りは、必ずやこうした悟りへの障害を取り除くことでしょう。