俳人で信徒総代でもある鈴木妙朋さん(仙台市太白区在住)が作った1月の俳句です。


老い猫のよろよろ跨(マタ)ぐ去年(コゾ)今年

 飼い猫はもう老いて、家の中を歩く足取りもだんだんおぼつかない様子となっている。
 一緒に師走を過ごし、お正月を迎えた。
 相手は人間でなくとも立派な〈同居人〉であり、時を走る列車の同乗者である。
「ああ、年の境を越えた」という実感が伝わってくる。


暇さうな師走の猫と過しけり

 世間は師走とて、慌ただしく波立ち騒いでいるが、家の猫は外の様子など、どこ吹く風とばかり、のんびり暮らしている。
 世間の気配は、猫の暇さ加減をいっそう際だたせる。
 そんな猫と自分は何も変わらない。
「師走」は「暇さうな」にもかかっていて面白い。


もしかしてとも歳末のジャンボ籤

 宝籤は「庶民のささやかな夢」と言われているが、夢というほどのこともなく買う人々が多いのではなかろうか。
「冗談」と言っては軽すぎるが「夢」と言っては重すぎるのである。
「とも」はそのあたりの事情を正確に示している。
「風物詩」では少し寂しいだろうか。


いい加減てふ暮らしあり冬日和

「いい加減」は、なかなか佳い言葉である。「ほどが良い」というプラスの面と「ちょっと抜いている」というマイナスの面があり、いずれのメモリも、本来は「ほどほど」である。
 冬日和が持つ穏やかさのプラスと寒さのマイナスがまた「ほどほど」で、佳い句である。


今年とて気負うことなしあるがまま

「今年とて」は、「さあ、新しい年になったから!といって……」という意味である。
 私たちは「新しい」と聞いただけで、何か気持が切りかわるものだが、作者は新年を迎えても「あるがまま」と流している。
「気負う」は「競」である。作者とは縁の遠い世界であろう。



龍のブログ-モカモアコーヒー


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