太鼓持ちをしていましたと言うと、

どうしてほとんどの人が知らない

太鼓持ちをやろうと思ったの?と聞かれますが、

太鼓持ちの存在を知って自分が調べて行って、

やろうと思った経過はお話しますが、

何故やろうと思ったのかは

成り行きと言うか導きと言うのか分からないが、

気が付いたらのめり込んでいた。

 

誰にでも好きな事や楽しいと思う事や、

やりたいなぁと思う事は有ると思うのですが、

でも親や周りの人達や

自分が見えている狭い範囲の世間での評価で、

そんな気持ちは薄らいで行って、

一般的な常識と言われる事の方に、

知らず知らずに引っ張られて行って、

何と無く人生を過ごす人が多いのも確かです。

 

その判断基準は言う人の今までの成功体験と言うか、

それで普通に生活できているからとか、

過去の出来事で判断された事で、

何処にも未来の話は入って無くて、

自分が人生を無事に過ごして来た経験からのアドバイスにしか過ぎない。

 

でも本人は学生生活をして来て、

これから社会に出て自分で生活する、

今までの過去の話が

果たしてこれからも正解なのかどうかは分からない、

分からない事に対して

過去の生き方から意見を言われても、

それって本当のアドバイスなの?と思ってしまう自分が居た。

 

どうせこの世に生まれて来たのだし、

人生は一度限りだし、

自分のやりたい事をすれば良いでは無いのかと思ったし、

それを神様か未来の自分なのか何なのかは分からないが、

何と無く後ろから押してくれて

応援してくれてる感じを受けていたような気もする。

 

たとえ失敗しても、

やって失敗して後悔する方が、

やらないで悔やんで後悔する方がイヤだと思ったので、

右も左も花柳界も宴会も太鼓持ちも何も知らないまま、

手探りで右往左往しながら遠回りしながら進んで行っただけだ。

 

最初はスケベでいやらしくていい加減な太鼓持ちをして、

艶話や艶芸を披露しますと言うと、

完全にバカにされて、

散々な目に遭ったが、

飛行機が上昇するには抵抗となる

向かい風が無いと上がれないのと同じで、

酷い目に遭いながら、

何クソと思いながら1歩ずつ前に進んだ。

 

ある程度上昇して水平飛行に移行すると、

今度は偏西風か何か知らないが、

支援してくださる方が出てくる、

この時風に乗るのも大事だが、

それまでに太鼓持ちやその周りの事を勉強して

裾野を広げて置かないと、

富士山のようには高くはなれない。

 

資料を集めて勉強するだけのガソリンの他に、

それらを消化吸収して

独自の太鼓持ちの芸風を作り上げる

強いエンジンが必要となる、

追い風に乗って自分の力でもスピードが出せないと遠くまで行けない。

 

そこまで行くと、

今度は同じような努力をして来た人達とのつながりが出来て、

トップダウンで色々と紹介もして下さる、

気が付いたらアチコチの報道にも取り上げられ、

本を書きませんかと言われ、

海外からも招聘状が届いた、

そこまで行けたので人生としては本望です。