今日の午後8時45分からのFBCラジオ
「太鼓持あらいの好色浮世咄」は、
浦島太郎のお話をさせて頂きます。
浦島太郎と言えば、
助けた亀に連れられて竜宮城に行って、
鯛やヒラメの舞踊りを見て、
玉手箱をお土産にもらって帰って来たら、
村の人達の誰一人として知ら無い人ばかり、
寂しくなってもらった玉手箱を開けると、
白い煙が出て一変にお爺さんになってしまったとの話です。
これと良く似た話は日本書紀にも古事記にも有って、
海幸彦から釣り針を借りて無くしてしまった山幸彦の話や、
住吉三神の話とも似ている所がある。
海幸彦・山幸彦神話では、
兄から借りた釣り針を失って
困っていた山幸彦の前に現れた
塩土老翁(しおつつの おじ=海の神・住吉三神の別名とされている)が、
「ご心配無用」と声を掛けて
無目籠(まなし かたま/水の漏れ無いほど固く編んだ籠=亀甲紋=亀の甲羅)で、
海神(わたつみ)の住む宮に案内して、
山幸彦は竜宮でワダツミの娘豊玉毘売と出会い、
結婚し3年が経ち、
釣り針が戻り帰る時、
玉手箱を渡される、
何だか浦島太郎の話と似ています。
「日本書紀」に翁の代表的人物が塩土老翁で、
古事記」には、
釣竿を持ち亀に乗った男・塩土老翁は、
両手を上下に動かして(鳥=鵜)、
やって来て水先案内人を買ってでたとあります。
山幸彦は海神の宮で海神の娘豊玉毘売と結ばれ3年後、
地上界に戻って来たら300年後だったそうで、
浦島太郎が玉手箱を開けてお爺さんになった話と似ています。
伝説の浦島太郎は、
21代雄略(ゆうりゃく)天皇の時代(15代応神・26代継体)に
実在していたとも言われていて、
「丹後国風土記」には、
浦島太郎は丹後半島の人だと書かれていますし、
丹後半島伊根に浦嶋神社があり、
乗って来た亀の甲羅と玉手箱があります。
亀の甲羅は拝殿の所に飾られていましたが、
玉手箱は宮司さんにお願いすれば拝見させて下さるそうです、
私が行った時は宮司さんは居られなくて、
残念ながら拝見は出来ませんでしたから、
まだ年寄りにはなって無いと思っていたのに、
帰って鏡を見たらジジイその者が映っていました。
初代神武天皇は、
山幸彦と豊玉毘売の子が生まれる時、
見ないでと言うのを見てしまったので、
恥をかかされたとして、
帰り、
代わりに妹の玉依毘売を向かわせて育てて、
結ばれて生まれた子と言う事になっています。
日向(ひむか/ひゅうが)に居た初代神武天皇の前に、
塩土老翁は又も姿を現して、
東の方角に都にふさわしい土地・ヤマトが有る事を教えていて、
神武天皇東征の話が「古事記」に書かれています。
天皇になった最初の新嘗祭=大嘗祭(だいじょうさい)では、
天皇は隼人(はやと)の編んだ籠の上に座るそうで、
塩土老翁が出した無目籠(まなし かたま)と
編んだ籠とは似ているようにも思います、
神話もおとぎ話も現代と、
深い所で繋がっている感じを受けます。