今日は日本で初めて
京都に路面電車が走った日、
明治初期に天皇様が東京に行幸され、
京の町は活気が無くなったのを、
何とか打破し
近代化・産業化を進めなければと、
琵琶湖疏水を作り、
蹴上に水力発電所が建設されて、
路面電車の動力に使われ、
路面電車が走った。
私が小学生低学年の頃から、
親は引っ込み事案の消極的な一人っ子の私を、
何とかしようと思ったのでしょう、
夏休みなど長いお休み期間は
京都の親戚に1人で行かせられた。
最初1回だけ父親が連れて行ってくれた後は、
自分1人で行かせられた、
その当時は蒸気機関車で北陸線はまだ単線、
しかも普通車なので各駅停車で、
京都まで6時間は掛かったと思う。
今庄駅に着くと、
水と石炭と砂を補充して、
列車の後ろにも蒸気機関車が1台連結され、
前後2台の蒸気機関車で山を登る、
敦賀に行く途中でスイッチバックがあった。
トンネルに入るたびに列車の窓を閉めないと、
煙が入ってくる、
それでも京都の駅に着くと、
プラットホームに洗面所が設置されていて、
そこで顔や耳・鼻・口を洗わないと
ススで黒ずんでいる。
京都駅から親戚の四条堀川までは
路面電車のチンチン電車に乗った、
今では平安神宮の庭に1台残されている、
これに乗ったと言っても、
信じてもらえないくらいだ。
電車は1台で小型で狭い、
両端に人が座れば真ん中は、
人1人がやっと通れる狭さ、
出発する時には車内の通路の上に紐が通っていて、
それを後方の車掌さんが引っ張ると、
チンチンと鳴って発車するので、
チンチン電車と言った。
スピードは
人が軽くランニングする程度のスピードで、
狭い通りを軒先ギリギリの感じで通過する、
堀川通りは、
堀川に沿って走る、
今は堀川は堀川御池から上の方しか無いが、
昔は下の方まであって、
友禅流しも見られた。
降りる時は、
その紐を引っ張って、
チンチンと鳴らして知らせて降りた気がする、
うろ覚えで忘れてしまっている。
堀川御池には消防署があったし、
1本上に登ると二条城なので、
すごく分かり易い場所だった、
今は中京区の区役所と消防署になっている。
親戚に着くと、
挨拶もそこそこにして、
お風呂屋さんに行って洗ってから、
ひと段落だった、
路面電車は昭和53年に終了したが、
その敷石は哲学の道や石部小路の敷石などに使われている。