6月1日に続き第2弾、

 

このブログに書いた

本日のラジオ原稿を掲載したのと、

生放送の違いを、

午後2時35分頃から、

福井放送・FBCラジオ

「太鼓持あらいの好色浮世咄」の

生放送でお楽しみ頂いて、

感想を聞かせて頂ければ嬉しいです。

 

***今日のラジオ原稿「一休宗雲の弟子」***

 

一休22歳、

近江の堅田に隠棲し、

大徳寺の高僧華叟宗雲(かそうそうどん)の弟子、

研究課題の公案に

「有漏路より無漏路へ帰る 一休み

 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」

 

有漏路は煩悩の世界から、

無漏路は煩悩の無い世界、

迷いの煩悩の世界から、

悟りの仏の世界に帰る、

それまで一休みとは放下、

自然に任せと答え、

道号一休を授かる。

 

当時の堅田(海門山満月寺の浮御堂)は

平安時代に下鴨神社から与えられた特権と称し、

琵琶湖における

交通権・漁業権・造船権まで独占した港町、

安全保障の代償とし行き交う船から

通行税「上乗」取る、

堅田衆は自由都市を作る。

 

松尾芭蕉は、

中秋の名月の翌日十六夜に月見の宴開催

「錠開けて 月さし入れよ 浮御堂」

 

浮御堂から少し北に

臨済宗大徳寺派に属する

太平山しょうずい寺「一休和尚修養地」の石碑、

高僧華叟宗雲の庵、

2人は意気投合、

他の僧からネタミ・陰口・告げ口などイジメで、

孤立修行。

 

「一休とんち話」

 

檀家でご馳走一休魚食べ、

お坊さんが魚を食べると言えば、

口は鎌倉街道で、

賢い人も行き、

卑しい人も通ると、

答えた。

 

刀でも通るかと刀を抜いた、

一休は「敵か味方か」と質問、

檀家が「敵である」と答えれば

「それならば通る事は出来ない」と答え、

「味方である」と答えれば、

一休は咳をして

「怪しいモノが通るので、たった今関所が出来た」

と答えた。

 

師匠が外出中、

一休が留守、

餅を1つ頂いた、

師匠が帰ってから、

少し割って師匠に差し出した、

 

師匠は

「満月は欠けてはいない、

欠けたモノはどこにあるのか」と問うと、

一休は「雲が隠したのです」と出さず、

雲に隠れていて見えないだけ。

 

25歳のとき、

平家物語の祇王が事で、

祇王・祇女の悲話で悟りを開いたとか。

 

白拍子祇王が平清盛の寵愛受け、

母と妹の祇女と暮す、

3年で加賀の国から16歳の白拍子の仏御前上京、

祇女のとりなしで平清盛の前で今様を謡い舞う、

平清盛は祇王一家を追放。

 

 祇王

「萌え出ずるも 枯るるも同じ 野辺の草 

いづれか秋に あはではつべき」

剃髪し嵯峨の里に侘び住、

 

嵯峨野の祇王寺、

境内に祇王の宝筐印塔、

この境遇と母親が後小松天皇の元を去り、

洛西の民家へ移るを結びつけた。

 

***ユーチューブ 0031ラジオとブログ2

https://www.youtube.com/watch?v=Lm3D8WQvoXw

 ユーチューブ 太鼓持あらいのしぼりカス

https://www.youtube.com/channel/UC9aU5ARH9Iwwjp-FayOd-1Q?view_as=subscriber