今日から10月15日まで、
岐阜県の長良川での鵜飼が始まります、
鵜飼見学を楽しんだ後に、
川の近くでお座敷から、
ライトアップされた金華山の岐阜城が
拝見できる料亭でのご宴会は、
色気も有って良いものです。
中秋の名月の時は、
月明かりで篝火で鮎を驚かせて
鵜に取らせる効果が薄れるとの事で、
その日は鵜飼は有りませんが、
鵜が捕まえた鮎にはクチバシの痕が付いていて、
歯型の鮎と言うそうで、
これが鵜飼で取った鮎だと証明出来るのだそうです、
中々出回って無いから滅多と見無いですが。
日本で唯一皇室御用の鵜飼だそうで、
鵜匠は正式には宮内庁式部職鵜匠と言うそうで、
鵜飼用具は国の重要有形民俗文化財に
なっているそうです。
漁の期間中は鵜の餌の漁も少なくして、
漁に行く前は空腹状態にさせてから行くそうで、
鵜もお腹が空いているから、
必死になって鮎を獲りに行きますが、
どっこい首には縄が付いていて飲み込め無い、
苦しいので吐きカゴに吐く、
お腹には入ら無いので空腹はそのまま、
また鮎を追って捕まえては又吐くの繰り返し。
何だか自分の生き様を見ているようです、
太鼓持ちでお座敷では
足が痛くても我慢して正座して、
お客様には何を言われても、
ヘイヘイと言いなりになり土下座して、
畳に這いつくばって花代を稼ぐ。
やっと収入が出来たと思ったら、
着物代だのお付き合いだの、
ナンダカンダと自分の意思に反して出て行く、
常に貧血ならぬ貧金状態で、
単に生きている程度食べられるだけで、
後はせっせと働かなければ回っていか無い。
太鼓持ちも一応人間に分類されていますし、
自由な社会の日本で生きて居ますから、
イヤだったら止めてサッサと違う商売して、
気楽に生きていけば良いのに、
人生何処でどう間違ったのか
勘違いしたのか知ら無いが、
周りからは「止めとけ」と言われていたのに、
好きで自分から太鼓持ちをしている。
人生って所詮そんなモノかも知れ無い、
整備されてる道を歩く人も、
砂利道を歩く人も、ケモノ道を歩く人も、
道なんて無い所を好んで歩く人も、
色んな生き方があって、
それぞれに大変なんでしょうが、
理解出来るのは自分が歩いてきた道だけ。
いくら他人に、
オレはすごい生き方をしてきたと言った所で、
理解などされないどころか、
そんな大変な道を
好き好んで歩いてきたお前がバカなだけぇ…と
言われてお終いです。
人それぞれに自分にあった
器の大きさに合わせて人生を進んでいる、
誰が上で誰が下だと言う事では無い、
それぞれの人生を歩んでいるだけです。