それは、駅北口の横の方に


かつて防府駅が三田尻驛という名前だった頃


天満宮の側を通り徳地までの約15kmを



佐波川に沿って走っていた、


幻の石防鉄道の機関車



が展示されている場所です。


桜の木が一本とベンチがあります。



桜が満開の頃見かけたことがありますが、


幻想的な光景でした。


もうすぐ桜が咲く時期です。



小さいお子さんがいる人にも立ち寄れる場所だと思います。



防石鉄道を知っている人や、昔乗っていた人はまだいるのでしょうか。










※写真は里親先募集中の保護猫です

 

レスキューをしていると表示しながら、

 

電話に出ない



緊急連絡がわかっていた状況でも出ない



 

でも対外的な標ぼうでは『どんな命も諦めない』と宣伝する



 

いったいこれはどういうことなのでしょう?



 

「お金がない」とはいったいいくらのことでしょう 


少なくとも毎年最低でも年間2千万円超える金額の寄付が集まって非課税でも「お金がない」のでしょうか



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

防府市 子育て支援

8割が使っていないなら
その事業は見直す時では?

予算 教育 子育て

新入学児童に学校用かばんを無償で配る防府市の事業。毎年1,500万円以上の予算が組まれていますが、実際に使われているのは5人に1人以下。この数字は、いったい何を意味しているのでしょうか。

18%
市支給のかばんを
実際に使った子どもの割合
(令和5・6年度)
82%
配られたかばんを
使っていない子どもの割合
(令和5・6年度)



なぜ使われていないの?

市教育委員会は、利用しなかった家庭がどんなかばんを買ったのか、そもそも実態を把握していないとされています。「なぜ使われていないのか」「どんなものが選ばれているのか」——そうした基本的なデータがなければ、事業の効果を正しく評価することはできません。

毎年1,500万円を超える予算が組まれているにもかかわらず、8割以上の家庭に届いていない支援。これは制度と実態の間に、大きなずれが生じているサインではないでしょうか。
子どもの好みは変わるもの
記事を書いた人のこと
自分が子どもだったころを思い返すと、1〜2年で「好き」はガラッと変わっていた気がします。最初は大好きだったかわいいキャラクターも、「ちょっと子どもっぽい」と感じるようになって、シンプルなデザインのものがいいと思い始める。

「デザインを変えれば解決」では、きっとうまくいかない。6年間ずっと同じものを使い続けるという前提そのものが、もう実態に合っていないのかもしれません。
必要なのは「選べる支援」への転換

一律に現物を配るのではなく、各家庭がそれぞれ必要なものを選べる支援のほうが良くないですか?

たとえば電子マネー 子ども自身がかばんや学用品を選べるならシンプルで使いやすく家庭のニーズに応えやすい方法のひとつです。

本当に子育て家庭の役に立っているか実感はどうですか  


実態に合わない補助制度は見直していくべきではないでしょうか。

防府市がまず取り組むべきこと
  • 利用率・利用件数を毎年度公開し、事業効果を透明化する
  • 使わなかった家庭が何を選んでいるか実態調査を行う
  • 「現物支給」から「選べる支援(補助金・電子マネー等)」への転換を検討する







※画像は里親先募集中の人慣れした桜耳の保護っ子です






ボランティアは「無料の労働力」なのか


ある動物愛護団体の現場では、広い敷地の中で多くの動物が飼育され、毎朝、世話や掃除など欠かせない作業が続いている。そこで目につくのは、同じような仕事をしていても、報酬を受け取る人と、「ボランティアだから」という理由で無償のまま働く人が混在していることだ。


問題は、その扱いが不透明である点にある。受け入れ時の説明や条件は人によって異なり、どこまでが本人の裁量で、誰が何を決めているのかも明確ではない。自由に関わっているように見える人がいる一方で、別の人には雇用されている人と変わらない水準の働き方が求められている。同じ時間帯に入り、同じ現場を支え、同じような責任を負っているのに、片方は有償、片方は無償という状態が生まれている。


しかも、そのような構造のまま、現在も「ボランティア募集」という形で人手を集め続けている。ここに大きな問題がある。


「ボランティアだから無償で当然」という言い方は簡単だ。たしかに、その言葉には自発性や善意といった前向きな意味がある。しかし現実には、その名称が運営する側にとって都合よく使われている場面がある。


本来、ボランティアとは、自分の意思で、できる範囲で関わるものだ。ところが実際には、現場に欠かせない作業を継続的に、一定の時間拘束のもとで担わせている。そうなると、名前だけがボランティアで、実態は無償労働に近づいていく。


有償と無償を分けるのは、単に雇用契約の有無ではない。現場で求められている役割、拘束される時間、負っている責任が同じであるなら、呼び方だけで無償が正当化されるはずはない。問われるべきは、働く側の善意ではなく、それをどう扱っているかという運営側の姿勢だ。


善意があることと、無償で使ってよいことは別の話である。動物を助けたい、役に立ちたいという思いを持つ人ほど、「自分がやらなければ」と無理を引き受けやすい。気づけば、有償の仕事とほとんど変わらない内容を、対価もないまま背負わされていることがある。


これは個人の問題ではなく、構造の問題だ。善意に頼り続ければ、運営する側は人件費を抑えたまま現場を維持できる。しかし、その負担は支える側に集中する。きれいな言葉が責任逃れの隠れ蓑になってはいけない。


動物や社会を支えるはずの仕組みが、支える人を消耗させる形に変わってしまえば本末転倒である。善意で成り立つ活動は大切だが、それにただ乗りすることまで許されるわけではない。


ボランティアは無料で使える労働力ではない。そこを取り違えれば、傷つくのは人だけでなく、その先にいる動物たちでもある。だからこそ必要なのは、「助けたい気持ち」に甘えることではなく、その力にきちんと向き合い、透明で公正な仕組みに改めることだと思うのです。





ある公益に関する法人で働いていた時、

そこで働いている職員の飼っている犬を連れて来ていて、

それは、特定の人物だけがそうしていい特別な待遇を受けていた。

公平性の見地からは不平等であることは明らかだったが

誰も指摘することはなかった。

その職員の連れて来る犬を、

勤務中に本人や別の職員が散歩に連れて行くこともありました。







保護猫の医療費、フード代、猫砂、暖房費へのご支援ご協力を求めています。

ご協力をお願いいたします。



振込先口座 山口銀行 三田尻(ミタジリ)支店  普通口座 番号 5042010

名義人 ホウフノノラネコヲスクウカイ

里親随時募集中です

また、預かりボランティア、IT作業にご協力いただける方も募集しています。


昨年6月最後の日 朝から電話が鳴りました。

 

今は電話番号の公開をやめていますが、猫の緊急対応を行っていたので、

 

ネット上に電話番号を載せていたからです。

 

電話を取ると、猫のことの相談で、と。

 

話を聞くと、 家に来ている野良猫がいて、何か事故にあったらしい

 

声の主は若そうで、仕事はしていないという

 

若い世代は、今貧困に直面している時代です 

 

そんな中、家に来る野良猫がいて、血が出ていて元気がない

 

どうも事故にあったようで、どうしたらいいか

 

という内容でした。

 

もし、自分の団体の財務状況が良ければこちらで面倒見ることはできたのですが、

 

その時は会の残高ゼロ 防府市にはふるさと納税を年2千万円以上、クラウドファンディングでも数千万円入っていて、「どんな命もあきらめない」と宣伝しているNPO法人があるので、そこに

連絡してください。 と複数ある連絡先をすべて教えました。

 

しかし、そこから4時間くらいたって、また電話があり、

 

そこに連絡がつかない どうしたらいいかわからないということで、

 

猫の様子を聞き、とりあえず、連れて来てもらいましたが、

 

これは獣医さんにかからなければならないとわかりました。


保健所では安楽死になると思われた為、獣医さんにかかるほうが


生存の確率が上がると思いましたが、


しかし、うちでお世話になっている獣医さんは午前中しか受付ておらず


もう午後になっていたのでそこにはかかることができません。

 そこなら医療費の支払いを少し待ってもらえたのですが


そこは開いていない別の獣医さんということですが、 知っているところは1件だけ、

 

そこは、当日にお金を払わなければならず、支払いを待ってはもらえないところです。

 

獣医さんには着いたものの、お金がないので、

依頼者の家計を支える家族からの連絡待ちで、


その家族が仕事の合間に連絡をしてくるのを待たなければならず、


更にその家族は、獣医さんにかける費用は出せない


Aという団体に連絡を取り引き取ってほしいと連絡している 


ということで、

 

結局、大手団体のかかりつけ獣医さんで、大手団体からの連絡を待っているという膠着状態のまま、

 

自分でも、「防府の野良猫を救う会」のsnsで今事故にあった猫がいること

大手がレスキューも引き取りも拒否し連絡もつかないこと


とりあえず、うちが肩代わりするためにはお金が必要であることをsnsに載せて

医療費の緊急支援を呼び掛けるツイートをしましたが、反響はなく

 

ただ、普段と違うツイートに、


いつも猫たちにフードを支援してくださっている他府県のある方が、


どうしたのか事情を聞いて下さり、

 

ありがたいことに協力を申し出てくださり1万円のご支援をしてくださることになり

 

その範囲で医療にかけさせていただけることになりました。


その日の獣医さんの営業時間が終わるギリギリの時間でした。


 

しかし遅すぎました。  


診察室に入ったのですが、突然苦しみ出し

大量に吐き戻し あまりの様子に茫然としてしまいました。


獣医師もただ見ているだけで、「鎮静をお願いします」と何度も言うと、


「費用はありますか」と聞かれ、


予算は1万円以内でお願いしますとしか言えませんでしたが


 

安楽死は3万円なので難しいということで


吐き気を止める鎮静剤を打ってもらうと、落ち着きました。



この1万円がなければ、鎮静注射もしてもらえず、そのまま帰されるところでした。


獣医療に携わっていると動物の死に慣れているので、


苦しんでいても それが何か? といった



対応であるということも。




動物看護師の方が、冷静にテキパキと

汚れた顔や身体を清拭してきれいにしてくださいました。


まだ生きているとはいえ、無言の帰宅で

 

翌朝、防府のクリーンセンターに運びました。



どんな命も諦めない という言葉 は


事実ではないことはわかっています。





















2024年年末の写真  手前 右の茶色い猫 ターボくんはこの時期 この頃体調を崩しており

病院で注射を受けていました。


この後年明け3日の明け方に亡くなりました。 


年明けに葬儀をしてもらい遺骨もうちで預かっています。


ターボくんがうちに来たのは同じ年の7月6日 七夕の日の前の日でした。


ちなみにルルも七夕の前の日にうちに来た子です。(令和3年2021年)


半年で亡くなってしまったと思われるかもしれませんが、


ターボくんには一緒に預かった同じ歳の女の子のきょうだいがいて、

トライアルに行っていた里親さんのお家で年明け翌2月に亡くなりました。


部屋の中でフリーに歩き回るほど元気で食欲もあったそうですが、

年が明けると徐々に弱っていき だんだん動かなくなり、最後は眠るように息を引き取ったそうで、


16歳は人間で言えば90歳を超えるそう



ターボくんのほうは、最後は 腎臓が悪く、多発性骨髄腫の疑いと言われ

食欲がなく食べなくなってしまい


獣医さんで注射で水分や栄養を補うなどしていました。



いかに元気でも、高齢ではあっという間に弱ってしまうのだとも。



来たばかりの頃ケージを壊すくらい暴れん坊でした。


先住猫は女の子が多かった時期


猫同士の猫猫関係はわかりませんが、非社交的と思われていたラムネちゃんもターくんと仲良くなっていたのも意外でした。


逆に、きょうだいの黒ちゃんは構われるのが嫌いだった子で、


里親さんのお宅で穏やかに過ごすことができていました。

















 

以下、コピペ用の完全版です。

ふるさと納税の説明表示について――正確さという公共の問題

【はじめに】
公共性のある寄附制度の説明には、正確さが求められます。この記事では、ふるさと納税を財源とするNPO法人の案内文を取り上げ、その表示について気になる点を具体的にお伝えします。特定の団体の活動目的や社会的意義を否定する意図はありません。制度説明の正確さは、寄附制度全体に関わる大切な問題として、広く考えられるべきものだと思います。

1 ある案内文の記載

ふるさと納税の寄附金を財源として運営するNPO法人の案内に、次のような説明が掲載されていました。

「****へのふるさと納税とは

ふるさと納税で入金いただいた金額から2000円を引いた額が、そのまま次年度にその方に請求される税金から引かれる制度です。

そのため、その方の限度額以内ならいくらご入金いただいても、2000円以外、すべて戻るのと同じで、入金された方の負担にならず、

さらに2000円以上の返礼品を****よりお送りするので、逆に入金された方はプラスとなる仕組みです。

そして皆様から頂いた貴重なお金は動物福祉に使うことができるシステムです。」

以下、この記載のどこが気になるのかを、順にお伝えします。

2 気になる表現

この記載のなかで、特に気になったのは、次の三つのフレーズです。

・「2000円以外、すべて戻るのと同じ」
・「入金された方の負担にならず」
・「逆に入金された方はプラスとなる仕組みです」

これらを続けて読むと、「寄附しても自己負担はほとんどなくて、返礼品までもらえるのだから、むしろ得をする」と感じる人がいても不思議ではありません。

しかし、ふるさと納税による税額控除には、はっきりとした条件があります。控除が受けられるのは、収入や税額に応じた上限額の範囲内です。また、控除を受けるには、確定申告またはワンストップ特例制度の手続きを、自分で行う必要があります。これらの条件を満たさなければ、「すべて戻る」という説明はそのままでは成り立ちません。

つまり、上の三つのフレーズは、制度にある条件や限界を省いたまま、有利な面だけを強く印象づける表現になっています。事実の一部は含まれていても、全体としては制度を実際以上に有利に見せる表示ではないか、という疑問が出てきます。

3 言葉づかいだけの問題ではありません

これは、ただの言い回しの問題ではないと思います。

ふるさと納税は、地方公共団体に対する寄附の制度です。ですから、その説明では、「どこに寄附するのか」「控除にはどのような条件があるのか」「自己負担はどのくらい残るのか」といった基本的な情報を、できるだけ正確に伝えることが大切です。

もし、そうした大事な前提が十分に伝わらないまま、「負担がない」「得をする」といった印象だけが強く残ってしまえば、寄附する人は正確な判断をしにくくなります。条件を知らずに寄附して、思ったように控除が受けられなかった場合、結果として困るのは寄附した本人です。

また、寄附先が地方公共団体であることと、特定の活動団体がその資金を活用することとの関係がはっきり示されなければ、お金の流れもわかりにくくなります。公共の寄附制度の説明に、こうした不明確さや誇張が含まれることは、制度全体への信頼にも関わる問題だと思います。

4 正確な情報提供のために

公共性のある寄附制度の説明で本当に大切なのは、「得に見せること」ではなく、「条件も含めて正確に伝えること」だと思います。

少なくとも、次のような点は、わかりやすく示されるべきです。

・控除には上限額があること
・控除を受けるには所定の手続きが必要であること
・少なくとも2,000円の自己負担が残ること
・寄附先は地方公共団体であり、個別の活動への支援は、使途指定または事業連携の仕組みのなかで行われること

「すべて戻る」
「負担にならない」
「プラスになる」
という表現は、制度の実態以上に有利な印象を与えやすいものです。こうした表示がそのまま見過ごされれば、寄附する人の適切な判断を妨げ、寄附制度そのものへの信頼にも影響しかねません。

このような指摘をきっかけに、表示のあり方が自発的に見直されることを願っています。また、同じような表現がほかにもあるとすれば、寄附制度全体の説明の正確さという問題として、広く考えていく必要があると思います。

5 「なんとなく」でふるさと納税をするデメリット

ふるさと納税は、正しく理解して使えば意味のある制度です。ですが、内容をよく知らないまま、「お得そうだから」「なんとなく良さそうだから」という気持ちだけで行うと、思わぬ不利益が出ることがあります。

主なデメリットは次のとおりです。

① 手続きをしないと控除されません
確定申告やワンストップ特例の手続きをしなければ、税金は減りません。「あとで自動的に引かれる」と思っていると、そのまま全額が自己負担になることがあります。

② 上限を超えると、その分は戻りません
控除には収入などに応じた上限があります。その上限を超えた分は、思ったようには戻りません。「全部戻る」と思って多く寄附すると、超えた分がそのまま持ち出しになることがあります。

③ 2,000円は必ず自己負担です
これは制度上、基本となる自己負担です。したがって、「まったく負担がない」という理解は、そのままでは正確ではありません。

④ 返礼品が必ずしも「得」とは限りません
返礼品は、買い物でも値引きでもなく、寄附に対するお礼です。必要のないものを選べば、結果として満足度が低くなることもあります。返礼品の印象だけで決めると、「思っていたほどではなかった」と感じることもあります。

⑤ お金の流れが見えにくいことがあります
寄附先はあくまで自治体です。特定の活動への支援は、そのなかの使途指定や連携の仕組みを通じて行われます。そこをよく確認しないまま寄附すると、自分が思っていた使われ方と違っていたと感じることもあります。

⑥ 強い言葉に引かれると、大事な条件を見落としやすくなります
「すべて戻る」「プラスになる」といった強い表現は印象に残ります。ですが、その印象だけで判断すると、上限や手続きなどの大切な前提を見落としやすくなります。

6 寄附するときに確認したいこと

ふるさと納税を安心して使うためには、少なくとも次の四つを確認してから判断することが大切です。

・本当に控除を受けられる条件を満たしているか
・上限の範囲内に収まっているか
・必要な手続きは済んでいるか
・寄附金が何に使われるのか

この四つを確認するだけでも、「思っていたのと違った」という失敗はかなり防ぎやすくなります。

7 おわりに

ここでお伝えしたいのは、特定の誰かを攻撃したいということではありません。論点はあくまで、ふるさと納税のような公的な制度において、募集の表示はどこまで正確であるべきか、という点です。

寄附は善意で支えられています。だからこそ、その善意の土台になる情報もまた、できるだけ正確で、あとから確かめられるものであることが大切です。

私は、寄附募集で本当に大切なのは、強い言葉で印象を与えることよりも、確認できる資料に基づいて、寄附する人が落ち着いて判断できるようにすることだと思っています。

強い言葉より、確かな裏付け。
印象より、客観的な資料。

ふるさと納税をする側も、案内する側も、その基本を大切にできたらよいと思います。

※引用した案内文は、確認した時点のものです。その後、修正または削除されている場合があります。