natsuhoのブログ
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能登から帰ってきて1週間

能登から帰ってきて1週間。


行ってたのがずっと前のことのような気もするくらい、バタバタと自分の生活に戻らざるを得ない状況で、

気持ちは複雑です。


東日本大震災の時もそうだったけど、

帰る時に、「元の生活に戻れてしまう」という自分をどう捉えたら良いのか分からなくなりました。


東日本の時は、帰ってきてからこんなブログを書いていて、

これは東京ミッドタウンでのイベントで読んでいただいたりもしました。


↓ミッドタウンでのイベントの報告はこちら


大学生の視点で、「元の生活に戻れるのはありがたい」と思っていたし、

今もその状況に自分が置かれている(帰る場所がある)ことへの感謝はあるんだけれど、

「それでいいんだろうか?」「戻って何ができるんだろうか?」というもどかしさで、

帰りの飛行機の中から能登の町を見ていました。


本当に僅かながら、行ってきた経験…行程・荷物・活動…がどなたかの参考になれば、と思ってブログにしたためましたが、

そこで感じたことを自分自身が忘れないためにも、

引き続き、これからもつらつら書こうかな、と思います。



…今回はその決意表明。

次回以降で順番に書いていきます😊


能登での活動いろいろ②

今回、能登へは10/5〜9の日程で行きました。

5日と9日は移動日、活動は6〜8日の3日間

の予定だったのですが、中日の7日はかなりの雨だったため、

付近のボランティア団体は総じて活動中止に☔


なので、活動できたのは6日と8日の2日間でした。

ただ、結果的に中1日あいたのは良かったかも…💨


初めての活動内容だったり、知り合いもいない中だったから、

意外と体力的にも精神的にも疲れは溜まっていたみたい💦

(帰ってきてから、ちゃんと休めてないのもあるけど疲れが抜けてない苦笑)


活動する日は朝から16時くらいまで作業だから、市内の様子を見る時間もそんなにないんだけど、

中日は車に乗せてもらえたのが大きいんだけど、

市内を歩いたりもできました。


1日や2日のボランティアじゃ分からないことも多いかなぁとこの日程にしたけど、

いきなり1週間、とかのスケジュールにしなくて良かったかも。

(体力に自信はあると思ってたけど、体力もたなかったかも💦)



10月7日のことはまた別で書くとして、

まずは、現地に行くことを考えている方に参考になれば…と、具体的な活動をした日のことを先に書きます🖊️


個人のお家②


この日は、山に囲まれたエリアにある個人のお宅へ🏡


行く道の途中途中、あちこちで土砂崩れの跡が。

前日に雨が降っていたのもあって、一部がかなり冠水しているところもありました。


何日くらい孤立していたエリアなんだろう…

とてものどかなんだろうな、と思いつつ、

市街地からも離れている場所で、道路が寸断されて孤立する怖さや不安は計り知れないな、と思いました。


お手伝いに行ったお宅は、裏山が2箇所大きく崖崩れしていて、

もともと山からの水を側溝に流すつくりだったところ、

土砂で側溝が埋まり、土砂の上を水が流れている状態でした。


まずは、家の裏手の床下換気口を掘り出す作業。

本格的な土砂の片付けは小型重機を入れないといけないけれど、それまでの応急処置として、

換気口をあけたり、

次の雨が降っても、水が家に入らないように土のうを積む、という作業をしました。




その後、側溝を掘り出して、水の流れをつくる作業。


1日目の民家の床下は"泥"だったので、

狭いところでの作業のしにくさや体制の辛さはあったけれど、

この日は、山が崩れているから"土砂"。

大きい石がごろごろしているのはもちろん、

「ほんとにこれが流れてきたの?!」と思うサイズの石(30cmくらい)もあったり。


それらをシャベルでどけるのは、ものすごい肉体労働でした💦


そんな中、そのお家のお父さん(おじいちゃま?)がつるはしを持ってきて掘り進めたら、

まぁ早い早い。


「3人増えた?」ってくらいのスピードで作業されてて、あっという間に側溝が現れました😅




同じ角度で写真撮れなかったんだけど、

同じところに矢印つけてみました。



そんなこんなで、予定よりは早く作業が終わったものの、

かなーーーりへとへとになってしまった1日でした😅

能登での活動いろいろ①

「能登に行きたい」と思ったものの、

東日本大震災のボランティアでは傾聴や子どもたちと遊ぶことをしていたので、

瓦礫撤去・泥かきの経験はありませんでした。


危険も伴うし、体力も使うし、装備も必要だし、いろいろ不安。


参加したのと復耕ラボさんは、インスタで日々の様子をUPしてくださっていたので、

少しイメージが掴めました。

⇒Instagram



現場や時期によって活動内容は異なると思うけれど、

私が活動した10月6日と8日について…まずは10月6日のことから書こうと思います。


ごちゃまるクリニック・わじまティーンラボさん


わじまティーンラボさん


私達が行ったのは、豪雨から2週間ちょっと経ってから。

直後から作業を進められていたので、

行った時には、見える範囲の泥は洗われて、床も壁も剥がしたあとでした。






全体の工程としては、泥をかき出して、壁や床をはがして、さらに綺麗にして、乾かして、消毒して、修理する…らしいんですが、

その"綺麗にする・乾かす"が大変。


地震で壁と床に隙間ができているところに泥が入り込んでいたりするから、

広いところは高圧洗浄して、隙間は雑巾を濡らして拭いて。

他の現場は水を吸い取るポンプがあったらしいけど、

入ったところは機材がなかったから、洗ったあとの水をワイパーで集めて雑巾で吸い取って…という作業でした。


個人のお家①


輪島市街は、道路などの泥は片付けられているけど、

古い(築40-50年)家屋は、床下に泥が入り込んでしまっていました。


生活していらっしゃるから、大きな建物みたいに、全部床板をはがして作業…ってことができないから、

40cm四方くらいの床板をはずし、

そこから床下にもぐり込み、

ヘッドライトの明かりを頼りに、積もった泥を土のうに詰めて外に出す作業。



床下は暗くて狭く、

泥の下には、土・コンクリート・大きめの石などの基礎が。

最初はどこまでが泥で、どこからが基礎なのか分からなかったけれど、慣れてきたら区別はつきます。


ですが、泥の下が平らじゃないからこそ、どこまで取りきれば良いのか分からなかったり、

ひたすら狭い場所での作業なので、全身泥だらけ。


ヘルメット・ヘッドライト・肘まである長さのゴム手袋・長靴・ゴーグル・レインウェア、フル装備が必要な現場でした。

行程や持ち物や準備いろいろ

今回、能登に行くことにして、

最初にやったのが情報収集📱


ありがたいことに、私の周りに既に能登に行ったことがある人が何人かいた。


こういう時って情報自体はいろいろあるけど、何を基準に選べば良いのか分からないから、

私は知り合いから情報収集することにしてます👂️


…そういえば東日本の時も、友達の先輩が現地に行ったっていうから紹介してもらって、

その繋がりでボランティア行ったんだった。


なので、今回のブログは一個人の経験談にすぎないけど、

だれかの情報の一助になったら…と思って書きます🖊️


🍀拠点について


ご縁がいろいろ繋がって、今回私がお世話になったのが、『のと復耕ラボ』さん。

→のと復耕ラボのインスタ


震災前に古民家を移築してレストラン等をされていたところが、

震災後はオーナーさんなどが中心になって民間のボラセン(ボランティアセンター)になっていました。


宿泊は、古民家の中・外のテント・車中泊のどれか。

外に仮設のお風呂もあるし、水も不自由なく使える✨

ボラ参加者は短期の人が多くて、運営の方が長期で入ってくださっていたり。


ひとつ屋根の下で生活するので、参加者同士の交流もたくさんありました。


🍀拠点選び


もともとは、石川県災害ボランティア(県ボラ)に申し込もうと思っていました。

石川県災害ボランティア情報


金沢から毎日バスが出ているから、金沢駅周辺でホテル取って行こうかな、と。


結果的には、復耕ラボさんにお世話になって

ものすごく良かったです🥰


車中泊できるなら、自由が利くからなんとでもなるんだけど、

運転できないとなると、どこでどうするか…が本当に重要💦


1日だけだったりして、県ボラに応募できたらそっちでも良いかもしれないけど、

個人的には、ボランティアの宿泊施設が見つかるなら、そこの方が

いろんな交流ができるから良いなと思いました。


宿泊となると、設備はどうなのか・食料の調達は?・水道の状況は?…と心配だけど、

受け入れ側は本当に忙しいし大変😵‍💫


自分でできるだけ調べたり、現地じゃない人に聞いたりして情報収集して、

それでも不安なところを、最後に現場の方に問い合わせられると良いなとは思います。


🍀移動手段


場所を決めたら、次はどうやって行くか。

ここでも、車を運転できるかどうかで大きく違います🚗


道路状況はかなり悪くてガタガタだったり、

工事の具合によっては、ナビとは異なる道になっていることも。

水害のあとはパンクも多いらしくて、レンタカーの会社によっては、災害による故障などが保険の対象外になることもあるらしいです😱


車があったら自由が利くからすごく便利だけど、

運転に慣れていない場合は、公共交通機関をオススメします🚃


私の場合は運転に全く自信がなくて公共交通機関で行ったから、

車で来てる方にたくさん(ほんとに何度も!!)お世話になってすごくありがたかったです。


いろんな場面で助けてもらったけど、不安な運転で行って、事故や故障で迷惑かけるよりずっと良かったかな…と。


🍀持ち物


持ち物も、いろいろ聞きながら準備して行って良かった…と思うので、経験談を書いておきます。

あくまで一経験だし、時期や場所によって異なるので参考まで。



♦️必須♦️


レインウェア

山用のレインウェア持って行って良かった。床下に潜ったり、外で泥かきして、全身泥だらけなので、着たまま直接、水かけて洗えるの便利。ヤッケ(上下に分かれてるレインコート)の方もいた✨


あと、これからの季節は雨も多くなるから、普段用の靴もレインブーツで行って良かった(普段用はスニーカーの人も多かったけど)


👢長靴👢

どんな現場に入るか分からないから、踏み抜き防止のインソールが入っているか、別で入れるか。農作業用みたいな、口を絞れるタイプの方がいい。


貸し出したりしてくれるけど、自分の足にフィットする方が動きやすいから、23.5cm以下の人は準備していった方がいいかも。(小さめはあんまり貸し出しがない印象。家の周りのお店にも置いてなくて、ネットで買った)


🧤ゴム手袋🧤

キッチン用、みたいなやつを持っていったけど、肘まで隠れるしっかりしたやつを拠点で貸していただいたのでそれを使った。

とてもじゃないけど、キッチン用じゃダメ。甘かった。


手袋の中は汗で蒸れるから、肌の弱い人とかは対策した方がいいかな。


木の枝や釘もあるかもしれないから、しっかりしたもの必須。


👖着替え👖

現場によるけど、どろどろになる。


泥の中に細菌がいる可能性もあるから、早めに着替えて、着替えはビニール袋に入れる、とか。


🌌寝袋🌌

どこに泊まるか、だけど、いずれにせよ自分のがあれば安心。


📝メモ帳、筆記用具📝

私は使わなかったけど、現場によってはあって良かったところもあるみたい。

♦️必須だけど、使わなかった日もあるもの♦️


⛑️ヘルメット⛑️

使った日も使わなかった日もあるけど、どんな作業をするか分からないので持って行く。

外作業の日は、ヘルメットだと動きにくいので帽子でやってた。


😷マスク😷

私が使ったのはこれ。

Amazon


本当に本格的な防塵マスクは、作業するにはちょっと苦しい。

日常で使うような不織布マスクはちょっと心許ない。


晴れていると、泥が乾いてホコリになってたりするので、あると良い(暑くて、外して作業した日もあった)


🥽ゴーグル🥽

床下に潜って泥かきした日は、暗いから危険防止でつけてた。

曇らないやつが良さそう。


…あとは、タオルや着替えなどなど


🍀食事について


これもどこに泊まるか・どこで活動するかによって全然違う。


輪島市内のスーパーやコンビニは、一部再開できていないところもあるけど、必要なものは手に入るから、現地調達もできる。


…けど、車で移動しないとスーパーやコンビニまで行けないから、これも何度も助けてもらいました。


現実問題、公共交通機関の場合は全部自分で運ばなきゃいけないから、

寝袋・長靴・ヘルメット・着替え・タオル…で荷物はいっぱいいっぱい。

水を多めに持って行く?と考えたけど、重さ的に無理!!と諦めました💦


🍀日数


話で聞いたりメディアで見るのと、実際に自分の目で見るのは、全く違う。


その場所でこそ知れることがあるから、どんな期間でも行けるならぜひ…と思います。


私の場合は、

🚅土曜日:移動日

⛏️日・月・火:活動日

✈️水曜日:移動日

で行動しました。


結果的に、真ん中の月曜日が雨で活動中止になっちゃったので、身体を休めつつ、町の様子を見たり、出張朝市や道の駅・温泉に行けたし、

全然違う活動を1日目と3日目でできた。


体力には自信はあったけど、

1週間同じ顔ぶれ・同じ作業、とかだったらまだ徐々に慣れられるけど、毎日顔ぶれも作業も変わるから、体力も気持ち的にも疲れは溜まりやすい。


天気と体力と、無理のないスケジューリングが良いのかな。





私が出発前に必要だった情報はこんな感じかなぁ。

やっぱり、不安をひとつでも減らしてから行けると良いのかな、と思ったので、もしお力になれることがあれば………!!









能登に行ってきました。


能登に行ってきました


13年前に東日本大震災のボランティアに行って立ち上げたこのブログ。


今回、能登に行った想いをどこに綴れば良いのかなぁと考えました。


最近はnoteが人気はてなマークと思いつつ、

13年前から今までが繋がっていて、

だからこそ能登にも行ったなら、このアメブロが良いのかな、とここにすることににやり


13年前の大学4年の私はずいぶん偉そうに書いてたし、知ったような口きいてるなぁとも思うけど、

それはそれで歴史かな笑い泣き


今回のことは、1つの記事じゃとても書ききれないから、

行ったきっかけから書いていきます鉛筆


続きは…いつになるかなぁ。

順にゆっくり書いていくことにしますイヒ



自分のこと


両親が兵庫に住んでいた時期があり、

祖父母も兵庫住まいだった29年前の1月17日。


朝起きたら、高速道路が倒れ、あちこちで火事が発生しているのをテレビが伝え、

両親がともにものすごく心配そうな顔をしていたのを、

幼心に覚えています。


その阪神・淡路大震災から数カ月後、

もともと大病を患っていた祖父が他界。


お見舞いや葬儀で兵庫を訪れるときに、

たくさんの家の屋根にブルーシートがかかっていたのが印象的でした。


それから数年。


父の転勤で徳島県で暮らしていて、

神戸の『劇団夢サーカス』のプロデューサー 浮島とも子さんが、

徳島の『劇団夢創(ゆめつくり)』の第1・2期に指導してくださって、そこに所属。


心の復興

をテーマに劇団をつくられた話を伺っていたので、

災害からの"復興"が、どれだけ多方面から必要なのかを知りました。


それから、またさらに時が経ち、

大学3年生の3月に東日本大震災。


このブログのきっかけになったボランティアを、南三陸と気仙沼で1週間ずつさせてもらいました。


社会人になってからは、表現の道にも入りつつ、なにかできるわけでもなく、

東日本大震災の時に「忘れないことが大事」と発信していたけど、

自分自身はそれでいいのか?と思っていました…


そして2024年1月1日。


ニュースで能登の震災の様子を見たものの動けなくて。


6月に能登の報告会を渋谷で聞いて「人手が足りない」と聞いても、

すぐには向かうことができませんでした。


東日本大震災の時は、傾聴・物資の仕分け・子どもとの遊び…。

実際に瓦礫撤去をしたことがなくて不安でした。


その中で、9月の豪雨。


震災復興の道半ばでの水害は、あまりにも酷い。

土砂が入っているなら、冬までの時間勝負。


女手ひとりが行ったところで何になる?

とは思ったけれど、行かないより行った方がいいはず。


何かしら、現地で感じること、知れることがあるはず。


そう思って、日程・行程を調整し始めました。



 もし、時間を使える方がいたら、

ぜひ能登に行ってみていただきたいと思っています。


私の行程を次のブログに書くので、

ほんの少しでも参考にしていただけたら。


次のブログは、数日内に更新できるようにしますびっくりマーク

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