玉川温泉を後にしたのは、昼過ぎのこと。
硫黄の余韻がまだ身体に残るまま、車は乳頭温泉へと向かいました。
途中、田沢湖畔に出ると、湖面は静かに光り、遠くには秋田駒ヶ岳の稜線がくっきり。
湖畔を離れ、山へ分け入っていくと、道は次第に深いブナの森の中へ。
木々が空を覆い、電波も心細くなり、「この先、本当に温泉があるのだろうか」と一瞬だけ不安になります。
もっとも、こういう道の先にこそ名湯があるのは、経験上ほぼ間違いありません。
車で森の中をしばらく進むと、森の奥に、ひっそりと姿を現したのが 乳頭温泉郷「鶴の湯」でした。
中でも鶴の湯の佇まいは、ひと目で別格。
黒く焼けた木の壁、茅葺き屋根、素朴な門構え。
看板を見なければ、うっかり「資料館かな?」と思ってしまいそうな雰囲気です。
受付で入浴料を支払い、砂利道を進んで露天風呂へ。
視界に広がった湯は、やさしい乳白色。
真っ白というより、ほんのり青みを帯び、光の加減で表情を変えています。
泉質は、含硫黄-ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉(硫化水素型)で、肌がツルツル・すべすべになる美肌効果が期待できる弱アルカリ性
湯に足を入れると、温度は適温。湯の感触は柔らかめ。
気合を入れて入る必要はなく、むしろ出るタイミングを失うタイプの湯でした。
しばらく浸かっているうちに、内側からじんわりと温まり、湯上がりには肌がしっとり。
「ああ、ちゃんと効いてるな」と納得させてくれます。
玉川温泉のように全力で攻めてくる湯とは違い、鶴の湯は、静かに逃げ道を塞いでくるタイプでした。
耳に入るのは、風に揺れる木々の音と、遠くで交わされる小さな会話だけ。
時計を見る気もしなくなり、「まだ大丈夫か」と思いながら、もう一回湯に戻ってしまいます。
気づけば、午後の時間はすっかり湯に預けていました 😅
玉川温泉から乳頭温泉へ。
同じ秋田の湯でありながら、その性格はまるで正反対。
力でねじ伏せる玉川と、静かに動けなくする乳頭温泉。
「鶴の湯」の歴史は古く、伝承によれば、平安時代に坂上田村麻呂がこの地で湯を見つけたともいわれています。
江戸時代には佐竹藩の殿様たちが湯治に訪れ、藩主専用の湯としても使われてきたらしい。
目の前の素朴な風景が、実は千年以上の時間を背負っていると思うと、湯の重みも少し変わって感じられました。






