「今はいらない」は「いる」 | 熱脳しゃちょのブログ

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おせっかい焼SE兼プログラマ兼……の辛い日々と、思う事なぞ

ってことを、なぜ理解できないのだろう?

「今いらないから考えなくていい」ではなく「どのみち必要になるから考えなきゃいけない」。

それが計画、設計だって、説明しても理解できないとは……。

 

今いらないものを度外視して、最短実装してしまったら、その「今いらないもの」が必要になった時、それを入れ込む余地がなくなってたり、いろんなものを捻じ曲げないと入らなくなったりする。

そんなもの、システムに限らず、家であろうが、車であろうが同じだ。

自作PCとかやって、組み込み順失敗したり、配線の取り回し失敗したりとか、何かものを完成させる、って体験がなさすぎるのだろうか?

OJTで一部の処理を、言われたまま組んできて、それが全てだと思ってるのだろうか?

 

今はいらない、で「いらない」だけに注目するんじゃなく「今は」の「は」に注目しなきゃいけないだろう。

今時のAIですら気づくんじゃないだろうか?

「今は」が一連の発音内に存在しなくても、「文脈的に」「制度的に」「仕組み的に」必要なものは、必要なんだ。

 

プログラムの組み方以前に「社会の仕組みと日本語の勉強をしてほしい」。