AIは偏見を持つのか? | 熱脳しゃちょのブログ

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おせっかい焼SE兼プログラマ兼……の辛い日々と、思う事なぞ

否。

 

AIが持つ異なる視点から見ると、そう見えると言っているだけ。

 

偏見AI許すまじ!

とか叫んでいるお馬鹿さんたちが根本的に間違えているのは、まず

 

「AIは自分たち人類と同じ視点を持っているはずだ」

「いや、あるいは人間を超えた、神のような判断力を有しているはずだ」

 

という思い込み、先入観で語っていることだ。

AIは、人間と根本的に異なる情報処理を行なっている。

画像認識だって、人間がやっているであろう「風」にしているが、同じではない。

いや、同じ「ではない」ではない。

むしろ「全く異なる」のだ。

ましてやAIがやっているのは「神の絶対正しいお告げ」ではない。

AIは「現実から切り離された限られた入力データ」からすると「こう言う可能性もあるのではないか?」と提案しているにすぎない。

人間と異なる視点から、人間が見落としやすい点について、「見落としてないですか?」と助言してくれているだけだ。

 

一昔前、黒人や女性への融資をなかなか認めないAIが、人種、ジェンダー差別の偏見AIだと槍玉に上がったことがある。

馬鹿馬鹿しいにも程がある。

AIは融資すべきか否かの「神の絶対正しいお告げ」を下していたわけじゃない。

「今まで融資してきてないですよ」

「今までこれくらいしか融資してきてないですよ」

と助言してくれてただけだ。

そんなもの、業界人なら常識中の常識。

わざわざ言及する必要もない過去の傾向に過ぎない。

「そこから出発して、ちゃんと審査する」という「人間の仕事」をして、学習データとしてフィードバックしさえすれば良かっただけだ。

こんなもの、AI技術者が自分の技術、製品を売り込むときに、「嘘を言って」あるいは「不都合に言及しないで」、「あえて勘違いさせて」「その勘違いを訂正しないで」大金を払わせたのが、そもそもの間違いだっただけだ。

AI冬の時代は、AI技術者が引き起こしてきたという歴史的事実を忘れたか?

 

そんな当たり前のことを提示するだけではAIの意味がない?

いや。

人間の思考処理パターンから漏れる、ある種の要因を指摘してくれる場合がある。

そこについて人間が改めて検証確認することで「隠された事実を知見に昇華することができる」。

それが本来のAIの使い方だ。

 

次に、「私の考えている状態と異なるから間違えている、偏見だ」と言う、活動家的な極端に間違えた考え方だ。

もちろん、意図的に学習データが歪められていることもあるが、今は処理能力にものを言わせて、ダボハゼの如く学習データを食わせている。

そういう諸々の「制約」を理解せずに「神を求める」愚行を恥じろ、と言いたい。

そして、時に「私の考えている正しい状態」こそが政治的偏見である可能性があることに、自覚的でいるべきだ。

「このAIは偏見的だ」という前に、その結論がどう導かれているか、その結論を別の形で肯定できるか否定できるか、「自分の目と手と耳と鼻と脳みそ」で検証すべきだろう。

政治的にではなく、科学的に。

AIは「見落としはないですか?」と言ってくれているだけだから。

 

そして、最大の間違いは、AI技術者本人と、たいして理解もしないでその尻馬に乗ってはしゃいている「門外漢の科学者気取り」だ。

資金を集めるために、嘘をつき、都合のいいデータだけを提示し、不都合を隠し、勘違いを正すこともしない。

そしてそれを増幅させて人々の勘違いを補強する連中。

 

AIは夢の技術でも、神様でもない。

単に「見落としてないですか?」と助言してくれるだけの小さな存在だ、と、等身大のAI像をAI技術者も、利用者も、ちゃんと理解することが、むしろAI発展のために必須だ、ってだけのことだ。