前には、「自分が読む時」を切り口にしたけど、今回は「他の人の書斎を見る時」を切り口にしたい。
実本であれば、その人の書斎に入って蔵書の背表紙をざっと見るだけで人となりがより深く理解できる。
これは裏を返せば、自分の人となりを理解してもらうことができる、ということでもある。
見栄を張りたければ張ればいいけど、それもまた見栄を張ってるだけの人間、という根拠を与えるだけだったりする。
そして、「その人が死んだ時」、その読書歴が目の前に並んでいると、「ああ、こういう本を読んで、こんなこと考えてたんだ」とか、「普段はそうは思わなかったけど、こんな一面があったんだ」とか知ることができる。
自分の場合は、父がそうだった。
あ、祖父もだな。
これが電子本だったら、多分わからなかっただろう。
あと、子供に、自分の書棚を覗き見て、面白そうな本をピックアップしていって欲しい、って思いもある。
これも電子本では、多分不可能だ。
加えて電子本は、フォーマットの問題がある。
読むためにはなんらかの変換手段が必要だが、その手段は何百年持つだろう? ということだ。
好きなSF小説の一つに「華氏451度」がある。
いろんな人が考えたことが、残り続け、そのままで読むことができる。
そんな実本が好きだ。