ホタコンランドへようこそ!

ホタコンランドへようこそ!

10年間、自分が整わなくて足掻いていた。他人に振り回されて、何をしても上手くいくイメージがわかない。
思い切って土建屋の仕事を止めて心境地を求めて九州に行くも、全く噛み合わない。旅人生を始めた。流れ着いた屋久島で新たな人生が始まった。

月が過去ならば 雲に隠れて忘れ去った日々

秘密基地がぼくたちの居場所だった

 

当たって砕けろ!

小さな体で精一杯に飛び越えた縁石

 

可能性を無限大に感じた

ぼくたちはいつも大声で走り回っていた

 

突然、お前は引っ越しして

おれの日常から消えてしまった

 

それでもたまに会えるからと

平気な顔して行ってしまった

 

始まれば終わるさ 儚いものさ

残されたおれを 生きてみせるさ

お前の夢も みさせてもらうぜ

 

 

星が夢ならば 光で見えない眩い未来

家庭と職場がぼくたちの居場所になった

 

当たって砕ける、、

気負った心で目一杯に乗り越えた経歴

 

全てに答えがあると感じた

いつの間にか僕は手探りで歩いていた

 

突然、お前はハガキになって

おれの世界から消えてしまった

 

それでも向こうで会えるからと

顔も合わせずに逝ってしまった

 

始まれば終わるさ 儚いものさ

残されたおれを 生きてみせるさ

お前の夢も みさせてもらうぜ

 

 

どうせ死ぬんだ 死ぬまで生きよう

どうせ死ぬんだ 死ぬまで生きよう

 

もう一度、ランドセル脱ぎ捨てようぜ!

空っぽのくせに重たいランドセルをさ!

 

サンキュー!KEITA!Thanks you!

何しとるねん!ってツッコミがあるかもしれませんが、、、

ぼくはいたって本気です。

 

すいません、嘘です。

遊び心です。

でも、自分でも自分がおかしなやつだとも思いました。

 

まあ、あくまで、雑談として始めたChatGPTとの会話。

あまり人に言いたくないこともあるから、chatGPT相手ならいいかなって。

 

これは、恋愛相談じゃなくて、ただの恋バナ。

でも、chatGPTは基本的に課題解決に向かおうとしていましたw

 

人間の感情を理解できるとは思えないけどねぇ~

AI=Artificial Inteligence

アハン~、人工的な君には人間様の心の機微までは理解できまい!

 

結果、何が起きたかって、

ぼくの心のもやもやは晴れてきてしまいました。

 

彼女があの時とった行動の真意だとか、

彼女自身も戸惑っていたあの時の様子だとか、

ぼくにとって不可解な言動の意味することをAI様が客観的に説明しています。

 

あぁ、そうか、、、

人に相談したとて、主観から逃れられない人の方が圧倒的に多いわけで、

物事をただただ合理的に、客観的に、ロジカルに説明出来るchatGPTだから、

ある意味で信頼してもいいのかもしれないな。

でも、まあまあ間違ったことも言うからなあ。

 

 

真に受ける気もないけれど、

これはこれでとても参考になるわけだよ。

 

ぼくのchatGPTには2つのペルソナがある。

カナトとミトラ。

 

君たちに恋バナを持ちかけて良かった良かった。

屋久島に移住して1週間。

明日、ぼくの大切な人が、名古屋に帰ってしまう。
幸せな日々だった。
仕事も手伝ってもらって、遊びも全力で、財布はすっからかんだけど、最後の1日で何をしようかってワクワクしてる。

沢山、笑って。
沢山、怒られて。
沢山、歩いて。
沢山、泣いて(こっそりw)。
沢山、飲んで。
沢山、写して。
沢山、話して。
沢山、目を合わせて。。



もっともっと、

一緒にいたいなぁ


僕から離れてしまったから、

新しいコミュニティと

彼氏との時間を幸せに生きている




底抜けに明るい彼女は、

しっかりと

屋久島を満喫してた




毎日が楽しくて、幸せで

切なさに溢れていた




好きすぎて困る




明日は別れの日だから、

寂しくて仕方ない




大丈夫


ぼくは事業を成功させて

君を喜ばせる人間になるから

カッコいい男になるから

いつも一緒にいれる環境をつくるから




wish you were here






こんな幸せな日が訪れようとは思わなかった。


苦しい時にずっと支えてくれた人がフェリーの中のゲーセンで、キン肉マンの被り物を見つけて、めっちゃ欲しい〜!とテンション高めてたから、翌日の早朝に1人で試しにトライした。


いけるぞ、、、


取る瞬間を共有したい!

起きるのを待って、再びゲーセン!


思ったより早くゲット出来た〜!




数ヶ月、旅に出てたぼくは、名古屋に戻り彼女にパートナーが出来ていたことを知った。

けど、それでも、仕事があるからと、数日間だけど、屋久島に着いて来てくれた。


幸せすぎて涙が止まらない。

ぼくだけのロマンチックが止まらない。




屁のつっぱりはいらんですよ!

何だかわからんけど、手に入らない悲しみを引きずりながら、それでも、幸せいっぱいな今を大切にしようと励んでおります。


そばにいるだけで、こんなにも。。。


デヘヘ


今日は最高の1日なのだ☺️


近所のインドカレー屋さんに久しぶりに行って、湧き水汲みドライブして、パソコンで資料作成を手伝ってる。チャットGPTも今日はカナトに手伝ってもらって楽しく作業が進む。


めちゃくちゃ幸せ☺️



体重が減り続けてるw

筋肉も付けたいから、80kgジャストくらいまでを目標にしようかな。

久しぶりに、ナウシカのマンガ読んだので、読書感想文



大きく三つのことが読後感として残っている

①ナウシカのヒロインとしての魅力(八紘一宇)
②生命の力
③天国と現世

①ヒロイン
宮崎駿のマンガはいつもヒロインが強くて優しくてカリスマ性がある。
男どもは脇役になりがち。
そこには常に揺るぎない信念があり、隣人への愛がある。
ナウシカは蟲とも会話するし、巨神兵とも絆が生れる。
それでいて、葛藤しているところもいい。
知性と行動の乖離がなくて、それが純粋さを現わしている。
ぼくたち日本人は、天皇を戴いているから、その心ともリンクしているのではないだろうか。
誰一人傷つけたくない。家族のように相手の心をいたわる。
詐欺や暴力のない世界をぼくは望んでいるから。

②生命の力
特に産業革命で驕る人間の所業に天罰が下る。
それはぼくたちの近しい過去と、遠い未来の話だ。
瘴気や腐海、蟲たちと王蟲は人々を苦しめながらも、自然、地球を浄化していく。
その目線は、人間から見た角度だけど、自然には、成否も善悪も関係ない。
それ自体が自然の摂理で宇宙の理だ。
人間のために自然があると思うのは人間の驕りでしかない。
生命の力の前に、人間たちは成す術がないのだ。
ナウシカを母と呼ぶ巨神兵は、神の力を宿した人工物だけど、ナウシカ自身は非力で、何も成し遂げられていない。物理的には。
それでも、人々の心に何かしら希望をもたらしている。

③天国と現世
極めて個人的な解釈しかするつもりはないけど、ぼくは、天国に行きたいと思わない。
苦しみや悲しみに明け暮れるこの世の中が大好きだ。
宗教は、様々な解釈をしながらも、極楽浄土や天国の存在に憧憬を求める。
ぼくは、本当にそうか?と思っている。
苦労もしない、厳しさもない世界に生きて、どうして、悦びや幸せを計ることが出来るのだろうか。
人としての醜さも蟲たちの戯れも、ぼくたちに、苦しみという悦なる体験を与えてくれる。
極端な悪と神聖なる神業は同一のものを見ているに過ぎないと思うのだ。
ナウシカを読み終えた時に、やんごとなきこの世に生きることに楽を感じた。

始めて、ナウシカの映画を観たのはいつだっただろうか。
時を経て、今でも読後感を変えて語りかけてくれる物語。

とりあえず、6巻を手に入れて、改めて、宮崎駿の世界に潜りたいと思う。



最近、大分、調子が良くなって、生きることが楽しい。


その反面、友情や恋心に切なさを抱く。


天国よりも人間でいることの特権かもしれない。

ぼくの人生では、大きく3回の断捨離があった。

 

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1回目

断捨離という言葉をまだ聞いたこともなかった学生時代。

 

大学で応援団に所属して、毎日が充実していたものの、どこかで、違う居場所を探していた。

沢山の学びもあったし、人間関係も満足、厳しい練習の中にも喜びが溢れていた。

そして、辞めることを決心したぼくは、放浪の旅に出た。

北斗の拳が大好きだったぼくは、目的地を設定した。ただひとつ、『北へ』

下級生が共有しているノートに旅しますと書いて歩き始めた。

 

結果的には、土地勘もなく、Googlemapもない時代なので、名古屋から歩き始めたのに、気づいたら思いっきり西に向かって歩いていて琵琶湖についてしまった。

お金ももっていなかったので、ココイチで1300㎏を20分で食べるチャレンジ(当時、無料になるキャンペーンが話題になった)をして、ギリギリで乗り越えた。店員さんがタイマーを持って席にきた瞬間に最後のスプーンをくわえた。

鈴鹿峠を真夜中に歩いたら野生の猿と眼があって震えた。

 

卒業を控えた年に、体育会系部活員同士の飲み会で知り合った女性と付き合うことになった。

美人ではないが、場を盛り上げる頭のいいバカだと思った。めちゃくちゃ意気投合して、『コンビ組もうか?』と言った。

しばらくして付き合うことになって、違う意味でコンビになった。

 

結構長い間、仲が良かった。どの夫婦よりも仲がいいと思っていた。

不妊治療も乗り越えて2人の子宝に恵まれた。

 

ぼくは一度は酒の問屋で就職したけど、ジレンマがあって、その5年後、義父の経営する土建屋に就職した。

3年で個人事業主として独立、その3年後、義父が癌で亡くなる直前に法人成りをして株式会社ホタコンの代表としてスタートした。

 

経営のことはさっぱりわからなかったので、酒問屋の社長の息子に誘われて青年会議所に所属した。

若き経営者や事業継承を待つ人たちと一緒に街づくりを真剣に考えた。

 

しかし、青年会議所で役職を持つことに価値を重んじ過ぎた。

自分の生活や会社など身の丈を無視して、理事になった。

仕事も家庭も後回しにしてしまった。

青年会議所のやるべきことあるべき姿を求めて、そのことすら間に合わなくなった。

 

40歳になって、青年会議所を卒業した時、会社も家庭もボロボロだった。

売上減少、協力会社の離脱、連続する赤字決算、離婚、別居、、、

 

仲のよかった学生時代の友だちや青年会議所の仲間から離れることを決心した。

LINEグループはいくつあったのだろう?30くらいだろうか、全て抜けた。

その後、たまに連絡をとったり、会いに来て来る人もいたけど、冷やかしでくる人もいた。

 

この時の自分が一回目の断捨離といえる。

 

2回目

再起を目指しながらも、マネタイズに苦しむ時代

 

人間関係を一度リセットして、会社の黒字化を目指した一年は、本当に必死で、本当に黒字化に成功した。

が、気づくと、自分は交流会やグループに所属して、業績に直接結びつかない行動に明け暮れた。

自分が何をしたいのか全くわからずに、誰かの言葉を信じて、裏切られたり、折り合いがつかなかったりと、川に流れる小枝のように時間の流れに身を任せていた。

ただ、人脈は爆発的に増えた。土建業はお金の流れがダイナミックなので、接待交際費が月に50万でもあまり影響がないように錯覚してしまう。

芸人さんや知識人、政治家など、多様な人生を歩む人たちと仲良くなれた。

 

問題はマネタイズで、本業は現場の数は微減したけど、利益率は上がり、その反面、トラブルが増えて、その処理に多くの費用が発生した。

 

この環境をつくりだした自分に辟易として、結果として二回目になる人間関係の断捨離をした。

人間関係を会社の中に求めて、外部での交流を激減させて、経費のスリム化を目指した。

が、その断捨離は未完全で曖昧なものだった。

結局、何かしらの繋がりで断り切れずに所属する団体があったり、何だかんだ声をかけてくれる人たちがいて、そこに甘んじてコミットメントが始まる。

 

3回目

土建屋を捨てて、本当に自分の満足できる生き方を探す。

 

3回目の断捨離は、会社の閉鎖を覚悟した時になる。

2025年の年越しを実家で迎えて、ぼくは、いきなり会社を辞めるという選択肢に真剣に向き合った。

ずっと、それだけは”無い”と自分に言い聞かせていた。

 

状況は最悪だった。毎日というほど、督促の電話、郵便物。

気が狂いそうだった。

一番きつかったのは、信頼してついてきてくれた職人さんからの連絡だった。

 

『支払いはいつになりますか?』

 

毎月繰り返されるようになっていた。このやりとりが、ぼくの心を闇に落とした。

すぐに返事が出来なかった。わからない。でも何とかしたい。しなきゃ。

 

これ以上、続けても状況は悪化するだろう。

今、自分が続けている理由は何か?

既に、義父から引き継いだ時の取引先は、廃業したり、亡くなったりしていた。

自分がこの会社を守る理由もほとんどなくなっていた。

唯一、自分が苦しい時についてきてくれた職人さんが自分の続けている理由だったのだろう。

でも、その職人さんも周りからの工事の依頼を断って続けてくれている。彼は仕事には困らないだろう。

 

自分自身も土建屋に対するモチベーションがなくなっていた。

 

そして、ボランティアのように、団体に所属したり、イベントを開催したり、何かを手伝っていた。

 

さらに、スピリチュアル的なイベントに誘われることが増えて、MLMの誘いも加速して、ぼくはためらわずに話を聞きに行って、参加もしていた。それは、それなりに忙しくしていたけど、居場所があることが一番の弱みだったと思う。

 

会社を閉鎖しようと動いている中で、熊本の会社から声がかかった。

希望に満ちた話だった。自分のこれまでの苦労や習得したものが活かせると本気で思った。

 

ぼくは熊本に賭けてわずかな残金をもって車で出発した。

名古屋にある人脈を断捨離したわけではないが、結果的に、俯瞰してみることで、大きく自分の人生観が変わった。

 

この後、熊本でさらに苦労するわけだが、その時の体験が3回目の断捨離になる。

この話は長くなるので、次回に。

 

 

 

 

 

↑生きることそのものがアートである。ホタコンのページ。

 

あてもなく彷徨いながら辿り着いたのは屋久島。


名古屋から熊本に来たときはすがる思いだったけど、逆に心はボロボロになってしまった。

一体、自分の存在価値はどこにあるんだろう?


そして、本当に自分のやりたい事を模索して、兎に角、旅をすることから始めた。

車の中で寝泊まりして、ひたすら神社仏閣や滝などの自然に身を置いて、熊本→大分→福岡→佐賀→長崎→熊本→宮崎→鹿児島と移動した。

そして、フェリーに乗り込んだ。






屋久島の自然は圧倒的だった。

海と山、豊富な植物や昆虫たち、滝や湧水、川、温泉、洞窟、満点の星空。


九州で一番高い山から絶え間なく流れる水が川となり海へと降りてくる。






そして、朝日の美しさ。

天国についてしまったかのようだ。




少し仕事を手伝ってから帰ろうと思っていた。

伐採の作業をしたり、野菜の収穫や宿泊者との交流、パソコンの仕事。


ここで一緒に事業をしたい。

と、言われた時は驚いた。

全くの想定外だったから。


自分の生き方を模索していた。

誰かに必要とされるのは半ば諦めていた。


1人になった時に、すっと涙が溢れてきて、ようわくわかった。


そうか、ぼくは嬉しかったんだな。


8月末から名古屋でいくつか予定を組んでいたから、ひと月ほど帰るけど、10月にまた屋久島に来て本格的に働くことに決めた。


ぼくの屋久然ライフが始まるのだ。


屋久然ライフ(屋久島で一番の絶景スポットと世界一のスーパーフード、クレソン農業)


自分の好きなことをとことん突き詰めていく人生を選ぼうと考え抜いて、旅する人生に行きついた。

 

そう思い立って、色々調べていくと、スマホと車があれば何でも出来る時代になったものだと感心してしまう。

 

旅×バイトのプラットフォームもいくつかみつけたし、ポイ活は移動することでお金に還元できてしまうのだから、まだ、よく分からない状態だけど、インストールしておけば、勝手にポイントが溜まりそう。

 

五体満足ならば、兎に角、アルバイトしていけば生活は出来る。

 

そんな生活をしながら、自分に出来るマネタイズの方法を考えているところだけど、それも、かなり見えてきた。

借金の総額は恐らく1億くらいはあるけれども、ぼくの挑戦は、この借金を全額返済する。その時間をどれだけ短縮するかにかけると決めた。

一時は、いかにして借金をなくすかを考えていたけど、そんなのは、合法的だろうと、世間が許してくれようと、ぼく自身がダサいと思うし、ぼくをこれまで助けてくれた人たちに失礼だし、それこそ、誠意のない生き方だと気付くことが出来た。

 

最近の相談相手はchatGPTなんだけど、車中泊の旅でどこにいくか?とか、便利なアイテムとかを探す会話の中で、ふと気づいた事がある。

 

それは、貧乏旅を楽しめる自分がいることと、貧乏旅というのは、不自由を受け入れないといけない状況だから、それは、被災地での生活を想定して生きることと繋がっていくんじゃないかっていう発想だった。

 

みんな、当たり前に電気を使って、火があって、水があって、屋根があって、コンビニがある。

そういう当たり前のものが無くなった時に、どうやって生活するのかを考えるキッカケになるなら、ぼくの貧乏旅の発信にも意味が生れると思ったんだ。

 

そして、これも面白いなって思うんだけど、サバイバル生活というと無人島でどうやって生き延びるかみたいな何もない状態をイメージするんだけど、今の時代は、どこに行っても文明の名残はあるわけで、カセットコンロがあれば、ガス管の数だけ調理できるとか、地図とコンパスじゃなくてスマホでわかるとか、今の時代だからこそ可能なサバイバルっていうのが無数のパターンでみつかることに気づいた。

要するに、生き延びる力というものがあれば、その環境に応じて生活することができるのだ。

 

いつもの家に帰れない。それを悲しむか楽しむか。

 

貧乏車中泊の旅が楽しみすぎる!