「仇名」って漢字で書くけど、
なんで“かたきの名前”みたいな字が、
ニックネームの意味になるんだろう。
ふと気になって調べてみた。
すると、
「渾名(こんな)」
「徒名(あだな)」
「字(あざな)」
みたいな、
同じ音だけど違う意味の言葉が混ざり合って、
今の“あだ名”という使われ方になったらしい。
日本語って面白い。
ぼくは子どもの頃から、
あだ名が多い人生だった。
物心ついた頃には、
「はあくん」と呼ばれていた。
本名は隼希(はやき)。
“はやくん”が、
幼い頃の自分にはうまく発音できなくて、
“はあくん”になったらしい。
この名前、
自分以外には聞いたことがなかった。
だからなのか、
幼い頃のぼくにとって、
その呼び名は特別だった。
“自分だけのアイコン”
を持てた感覚。
今思えば、
あの頃から、
名前って人格に影響するんだなと思う。
みなさんは、
今までいくつくらい、
あだ名を持ってきましたか?
ぼくは本当に色々あった。
名前をもじったもの。
見た目から付けられたもの。
立場で呼ばれたもの。😊
中学生の時、
アメリカにホームステイした時は、
自分で「JOE」と名乗っていた。
理由は単純。
“英語圏の人が呼びやすそうだから”。
当時好きだった
『あしたのジョー』の
矢吹丈から取った。
中学一年生にしては、
なかなか渋い選択だと思う。
大学時代、
アメリカ・オレゴン州のキャンプでは、
「ピンチ」と呼ばれていた。
アルバイト代を全部つぎ込んで、
金はない。
単位もギリギリ。
人生わりと崖っぷち。
でも、
なんだか笑っていた。
だから自分で、
「ピンチ」って名乗っていた。
すると、
現地スタッフのトリッシュが、
ぼくの腕をつまみながら笑った。
「Pinchって、こっちの意味だと思ってた!」
“つねる”
って意味だったらしい。
ヴェトナムへワークキャンプに行った時は、
空港で、
「お前がリーダーか?」
と聞かれた。
一番年下だったのに。
どれだけオッサン顔なんだ。
……ということで、
その旅では、
「リーダー」があだ名になった。
中学時代には、
科学館のお姉さんに
「デストラーデに似てるね」
と言われた。
その日だけで、
三人くらいに言われた。
野球は詳しくなかったけど、
後でカードを見たら、
たしかにまあまあ似ていた。
しばらく、
“デストラーデ”だった。
思い返せば、
ぼくは人生の節目ごとに、
色んな名前で呼ばれてきたんだなと思う。
そして今、
最も長く残っている名前が、
「ホタコン」だ。
元嫁の実家は、
山田コンクリート工業株式会社。
周りからは、
「ヤマコン」と呼ばれていた。
だったら最初から、
略称を正式名称にしてしまえ。
そんなノリで、
株式会社ホタコンを登記した。
会社は倒産してしまったけど、
不思議なことに、
ホタコンという名前だけは、
今でもぼく個人の愛称として残っている。
あだ名って、
ただの呼び名じゃない。
その時の、
生き方や空気感まで含めて、
宿るものなんだと思う。
そして今、
次に名乗ろうとしている名前がある。
「ジョーサク」。
旅人生醸柵放送倶楽部
(たびじんせいかもしがらみほうそうくらぶ)
という、
説明が面倒くさすぎるプロジェクト名から生まれた名前だ。
会社経営も、
サラリーマンも、
どこか不向きな気がして、
塞ぎ込んでいた時期があった。
その時に、
「本当にやりたいことって何だろう」
を、
お金とか現実とか全部抜きにして考えた。
最後に残ったのが、
“旅”だった。
そして、
ぼくの人生を一本の線で繋いでいたのが、
「醸す」という感覚と、
「シガラ」という言葉だった。
ジョーサクの話は、
また別の記事で詳しく書こうと思う。
自分の人生のステージに合わせて、
呼ばれる名前が変わっていく。
それは、
仮の宿りとして、
この身体を使っているぼくに与えられた、
小さな特権なのかもしれない。