ホタコンランドへようこそ!

ホタコンランドへようこそ!

人生の旅路はまだ長い

鹿児島県が薩摩藩だった頃

西郷隆盛や大久保利通が郷中教育で育ってた

 

郷中教育って薩摩独自の教育方法だから

日本の歴史からしてみれば異質だし

今の日本でも、あまり知られてないと思う

 

ぼくなりの解釈も入ってしまうだろうけど

郷中教育って先生がいないけど

先輩が後輩を育てて

大学でいうとサークルみたいな感じ

それが、小学生から大学生まで順番に

社会に近づいていく感覚がある

 

西郷さんの漢字にある郷というのは

薩摩藩が特に重要視していた観念なのか

東郷とか南郷なんて地名や名前に残っている

 

でね

郷中教育には色んな特色があるのだけど

その中でも、今回は

『お前、何中?』

について考えてみる

 

薩摩藩では、隣町とは仲良くするなって言われてたそうな

要するに、おれたちの方が優れてるって意識を持たせて

ライバル心を大切にしてたんだろうな

 

だからか

昭和のヤンキーは、俺たちの学校の方が強いんだぞ!って

誇示しながら、切磋琢磨してたんだろうな

 

西郷さんは若いころに腕を負傷したから

まともには戦えない

それでも、西南戦争のボスだったし、ありとあらゆる功績を残した

今の鹿児島の街には西郷どんが溢れている

 

犬も歩けば西郷どんも歩く

 

実は、西郷どんが飼っていた犬は1匹じゃない

15匹くらい?結構飼ってたらしい

あの銅像のイメージに騙されるな!w

 

西郷どんと犬

何で犬なの?

それについては、また別の記事で。

 

郷中教育によって

おれたちの方が優れているっていうために

そのおれたちは結束力が高まって

後輩を大切に育つ文化が形成されていったのだろうな

 

令和の学校教育や塾教育や家庭教育がどうなっているか

よく知ってるわけじゃないけど

何のための教育かってことを

今一度、考えてみると面白いかもな

 

 

だっぷんだあ

最近、興味があるのが幕末で、

松陰も竜馬も
まあまあやらかしていて
命がけで脱藩していた
当時、藩を許可なく出ることは重罪だった
だから、龍馬がゆくとか読むと
山越えしてこっそり脱藩するエピソードがある

吉田松陰は本当に変態で
友だちとの旅行の約束があるからって脱藩した
何度も牢屋にぶち込まれた松陰は
黒船にイカダで乗り込んで
アメリカに連れていけっ!て懇願した
幕府は大慌て

諸君、狂いたまえ
とは、松陰の言葉
まあ、バカになるってのも大事だけど
バカになって何するかってことも大事だよね

高杉晋作なんてお笑い芸人と神一重
勝手に高額な船を買ったり
薩摩が攘夷運動で外国人を殺したのに対抗して
長州も負けとれん!って外国人奇襲したり
奇兵隊とか言って、誰彼構わず戦に狩り出す
松陰先生の教えに忠実すぎちゃって、
斜め上からアンサーしちゃったのかわからんけど
まともな人間だったら、シャラップ!(斜めrap)って叫んでただろうな

chatGPTとの会話で迷言が生まれた、
脱藩したら首が飛ぶ
脱糞したらケツが飛ぶ

西郷どんは島流し
新政府の立ち上げに貢献したのに
地元の人たちの意気に同じて
日本最後の内紛で命を落とした

現実なんて、そんなに綺麗なもんでもないな

若くて可愛いアイドルも
大物女優も
セクシーアイドルも
みんな、毎日、クソして寝てるんだよね

天上天下唯我独尊

男が上とか、女が上とか、上司が上とか、
どっちがじょういかってせいかいはない
高市さんが上にいると気分いいしな

暴れるにしても
汚いものってのは存在するものだから
生き様だけは美しくしていきたいな
断捨離の敵は想い出だな

ヨレヨレのTシャツが捨てられない

30代になって結婚もしてるのに実家に帰るとオカンが部屋に置いていたTシャツ
藍染の絞りを教えてもらって自分で作ったTシャツ
ブランディングだ!って芸人さんともコラボしたりしたオリジナルTシャツ
ストーンズとかボブマーリーの衝動買いしたTシャツ
仕事で頑張ってる時にいつも来てたTシャツ
誰かの応援で買ったTシャツ
キャバ嬢との同伴で選んでもらったTシャツ

Tシャツだけでも
想い出の多いこと多いこと

本やCDもなかなか捨てれない
誰かと共有した思い出や
楽しませてくれたり学んだ過去
もう一度読みたい
もう一度聴きたい

死ぬ時に持っていけるモノなんてないんだけど
死ぬまでは一緒にいて欲しい

断捨離だからね
執着から離れないとね

いっそ
生まれた時のように
スッポンポンで始めようかな

でも、
産まれた時には
オカンが保護してくれていた

いま、裸で街中歩いたら
保護してくれるのは警察官?

オレは
社会に必要とされてない

それでも、捨てられない

おれって
ヨレヨレのTシャツみたいだな

たまには新しいTシャツでも着てみるかなあ
15の夜が懐かしい

バイクは盗めないけど 走り出す
膝と腰を かばいながら

自分の存在が何なのか
わかればわかるほどに震える
47の朝3時

ohoh 目が覚めちゃうんだよ〜oh♪

100円玉じゃ買えない自動販売機
補充が間に合わなくて
欠品してることを怒られる
子どもたちもにらむ

盗まれたバイクが走り出す
暗い東雲(しののめ)の向こうへ

兎に角もう
会社にも寮にも
帰りたくない

落書きの教科書は灰になり
教室に入ったら不審者扱い

47のしゃがれたブルースなんて
誰も聞いてくれない

春は曙
朝が来る
曙太郎はdownした
でもドーン!ってしてた

くすんだジョリッパで歩きだす
行先もわからぬまま
CRY夜の中へ

誰かにかまって欲しいけど
自由すぎてシマッタ47の昼

チャッピーと遊んでた

先生 廊下で立ってなさい!

オレ はい!

アルクーパーのアイスタンドアローンのジャケット風で(ググってみてね)

自由への長い旅が始まるのかな?

はっぴいえんどなんて望んでないぞ

 

カギを無くしても

ロック出来るんだぜ

 

カギが無い方が

ロック出来るんだぜ


チャッピーとロゴ作って遊んでみた爆笑


ぼくのアダナはホタコンだから

ホタコンクエスト!


ふざけながらだけど、

この絵の中にいくつもの意味が込められた


ぼくのこれまでの人生と

これからの生きる意味


そして、

神社とお墓と味噌汁に手を合わせる

が最初のミッションだ!








ホタコンクエスト爆誕?!

最近、
「ホタコンクエスト」
という言葉が自分の中で生まれた。

完全にノリであるw

でも、
不思議としっくり来ている。

ぼくは昔から、
“ホタコン”
というあだ名を使っている。

元々は、
土建会社の社名から来ているのだけれど、
ドラゴンクエスト世代だからなのか、
どこか「ドラゴン」っぽい響きにも聞こえる。

そして最近、
なぜか“龍”という存在を意識することが増えた。

愛智神話では、日本列島と龍の関係を語ってたり。

神社巡りが好きだから、
色んな場所で龍神の存在を感じたり。

屋久島には、
「龍が宇宙と繋がる場所」
みたいな話もあるらしい。

歴史が好きだから、
西郷隆盛について調べていたら、
奄美大島の「龍郷」という場所に
流されていたことも知った。

そんな色んなものが、
自分の中で勝手に繋がっていった。

そして、
ふと思った。

人生って、
RPGみたいに生きてもいいんじゃないか?

ぼくは昔から、
考えすぎるクセがある。

最近は特に、
仕事中でも
「コイツ大丈夫か?」
みたいな顔をされることが増えた気がする。

色々背負いすぎて、
どんどん表情が硬くなる。

だから、
ホタコンクエストを始めようと思った。

人生の主人公は、
誰でも自分自身だ。

失敗も、
未熟さも、
ゲームで言えば設定みたいなもの。

むしろ、
物語には必要な要素だ。

そう考えたら、

「今日の課題は何かな?」

って、
少し楽しめる気がした。

もちろん、
これは現実逃避ではない。

借金もある。

人間関係もある。

仕事もある。

悩みも消えない。

でも、
人生を“重たい現実”としてだけ見るより、
“冒険”として見た方が、
少し呼吸がしやすくなる。

最近のぼくは、
発酵とか、
微生物とか、
自然循環みたいなものに興味を持っている。

難しい話はさておき、
目に見えない小さな存在たちが、
時間をかけて、
世界を変化させている。

人間も、
案外それと同じなのかもしれない。

そして気づいた。

昔から自分で作ってきた言葉たちが、
最近全部繋がり始めている。

「ホタコンランド」

これは10年以上前、
「あなたの夢は何ですか?」
と聞かれて、
なんとなく生まれた言葉だった。

でも、
何をする場所なのか、
自分でもよく分かっていなかった。

そこに、
「ホタコンクエスト」
という言葉が生まれたことで、
少し輪郭が見えた。

ホタコンランドは、
ぼく自身が主人公として冒険する“世界”だったんだ。

そして、
「旅人生醸柵放送倶楽部」
という、
説明しづらすぎる活動名も、
実はその根っこに繋がっている。

発酵。

旅。

人との縁。

自然。

未完成な人生。

全部ごちゃ混ぜだけど、
たぶん、
それでいいんだと思う。

ゴールは、
いるのかもしれない。

いらないのかもしれない。

でも今は、
目の前の課題を、
ひとつずつクリアしていけばいい。

あ、
そういえば。

ドラゴンクエスト世代だけど、
実はちゃんとファミコンでドラクエしたことなかったw


それいけ!ヤマイモマン

元祖アンパンマンは空飛ぶオジサン
カッコいいヒーローが人気の時代に
本当の正義とは何かを考えさせてくれた

お腹いっぱい食べられるのって幸せだよね

やなせたかしと言えば
手のひらを太陽に♪

あの歌は作者が引きこもりになって
布団の中で懐中電灯で手を照らした時に
真っ赤な色をしてたことから出来た曲らしい

ということで(どういうことやねん!)
今日の料理の主役は山(紫)芋だ

子どもの頃は
というか数年前までは
肉や魚が料理の主役だと思ってた

でも、色んな人の色んな考え方
小麦がどうとか、フルーツは農薬だらけとか
いっぱい聞いてきて
何が正解かなんてわからないし
農業で作物という植物を観察してみて
とりあえず、
動物性タンパク質をとらなくてもいいと思うようになった
とってもいいけど、なくてもいいんだ


そして、屋久島の自然の中で
自分で料理をするようになって
旬の今ここで取れる野菜の美味しさに喜べるようになった

だから
今日は山芋を主役にしよう!
そんな気持ちで台所に立った

山芋ステーキに
山芋のグラタン風

山芋が美味しくなるために
豚バラ肉は脇役をつとめる
他にも冷蔵庫にいた素材たちや
調味料が山芋を盛り上げる

サラダやスープも
主役の料理を邪魔せずに
食卓を彩る

物語りを読むように
ぼくはぐるぐると箸をまわしたとさ

ただいま!
おかえり!
いただきます!

最近、
ひとりで作る料理に変化が出てきた。

なんか、
家庭料理っぽくなってる😆

ごはん
味噌汁
主菜
副菜
サラダ

ちょっと前まで、
「腹いっぱいになればOK!」
みたいな感じだったのに、

最近は、
パンチよりも
ホッとする感じを求めてる気がする。

味付けも薄くなってきた。

不思議だなぁ。

思い返してみると、
今まで食べてきた家庭料理って、

「美味しい」

だけじゃなくて、

「お疲れさま」とか
「ちゃんと食べなよ」とか
「元気出してね」とか

そういう、
言葉にならない優しさが入ってたんだなって思う。

移住して、
色んなものが削ぎ落とされていくと、
逆に大切なものが見えてくる。

自分で手放してきたものも沢山ある。

でも、
今こうやって気づけたのは、
悪くないなって思う。

相変わらず、
チャッピー料理教室は
レシピ無し😆

毎回、
料理の写真を送って反省会。

でも、
こうやって投稿してると、
失敗も含めて楽しい。

料理って、
上手く作ることだけじゃなくて

食べた時に
ホッと安心できたり、
「今日もお疲れさま」って
自分を労うことも
大事なんだな

お腹いっぱいになったのに
もっと満たされたくて
おかわりしちゃった🤣

多分ね
食べ方が変わってきたから
生き方も変わっていくんだろうな。

「仇名」って漢字で書くけど、
なんで“かたきの名前”みたいな字が、
ニックネームの意味になるんだろう。

ふと気になって調べてみた。

すると、
「渾名(こんな)」
「徒名(あだな)」
「字(あざな)」
みたいな、


同じ音だけど違う意味の言葉が混ざり合って、
今の“あだ名”という使われ方になったらしい。

 

日本語って面白い。

ぼくは子どもの頃から、
あだ名が多い人生だった。

物心ついた頃には、
「はあくん」と呼ばれていた。

本名は隼希(はやき)。

 

“はやくん”が、
幼い頃の自分にはうまく発音できなくて、
“はあくん”になったらしい。

この名前、
自分以外には聞いたことがなかった。

だからなのか、
幼い頃のぼくにとって、
その呼び名は特別だった。

“自分だけのアイコン”
を持てた感覚。

今思えば、
あの頃から、
名前って人格に影響するんだなと思う。

 

みなさんは、
今までいくつくらい、
あだ名を持ってきましたか?

 

ぼくは本当に色々あった。

名前をもじったもの。

見た目から付けられたもの。

立場で呼ばれたもの。😊

 

中学生の時、
アメリカにホームステイした時は、
自分で「JOE」と名乗っていた。

理由は単純。

“英語圏の人が呼びやすそうだから”。

当時好きだった
『あしたのジョー』の
矢吹丈から取った。

中学一年生にしては、
なかなか渋い選択だと思う。

 

大学時代、
アメリカ・オレゴン州のキャンプでは、
「ピンチ」と呼ばれていた。

アルバイト代を全部つぎ込んで、
金はない。

単位もギリギリ。

人生わりと崖っぷち。

でも、
なんだか笑っていた。

だから自分で、
「ピンチ」って名乗っていた。

すると、
現地スタッフのトリッシュが、
ぼくの腕をつまみながら笑った。

「Pinchって、こっちの意味だと思ってた!」

“つねる”
って意味だったらしい。

 

ヴェトナムへワークキャンプに行った時は、
空港で、
「お前がリーダーか?」
と聞かれた。

一番年下だったのに。

どれだけオッサン顔なんだ。

……ということで、
その旅では、
「リーダー」があだ名になった。

 

中学時代には、
科学館のお姉さんに
「デストラーデに似てるね」
と言われた。

その日だけで、
三人くらいに言われた。

野球は詳しくなかったけど、
後でカードを見たら、
たしかにまあまあ似ていた。

しばらく、
“デストラーデ”だった。

 

思い返せば、
ぼくは人生の節目ごとに、
色んな名前で呼ばれてきたんだなと思う。

そして今、
最も長く残っている名前が、
「ホタコン」だ。

元嫁の実家は、
山田コンクリート工業株式会社。

周りからは、
「ヤマコン」と呼ばれていた。

だったら最初から、
略称を正式名称にしてしまえ。

そんなノリで、
株式会社ホタコンを登記した。

会社は倒産してしまったけど、
不思議なことに、
ホタコンという名前だけは、
今でもぼく個人の愛称として残っている。

 

あだ名って、
ただの呼び名じゃない。

その時の、
生き方や空気感まで含めて、
宿るものなんだと思う。

そして今、
次に名乗ろうとしている名前がある。

「ジョーサク」。

旅人生醸柵放送倶楽部
(たびじんせいかもしがらみほうそうくらぶ)

という、
説明が面倒くさすぎるプロジェクト名から生まれた名前だ。

 

会社経営も、
サラリーマンも、
どこか不向きな気がして、
塞ぎ込んでいた時期があった。

その時に、
「本当にやりたいことって何だろう」
を、
お金とか現実とか全部抜きにして考えた。

 

最後に残ったのが、
“旅”だった。

 

そして、
ぼくの人生を一本の線で繋いでいたのが、
「醸す」という感覚と、
「シガラ」という言葉だった。

 

ジョーサクの話は、
また別の記事で詳しく書こうと思う。

自分の人生のステージに合わせて、
呼ばれる名前が変わっていく。

 

それは、
仮の宿りとして、
この身体を使っているぼくに与えられた、
小さな特権なのかもしれない。