鍵をかけずにロックする♪
コバエが沸くからキッチンはキチンとキレイにして下さい
ハハハ
インスタントラーメンのカスを三日くらい眺めてたけど
黙って片付けといてやったぜ
風呂も台所も使わない宣言したよ
オレ、ニオウゾウになるかもな
薄い壁の向こうから大声で笑う声が聞こえてくる
ラッパの音は聞こえなくなったけど
楽しそうだからどうぞご自由に
屋久島って
鍵かけなくていいんだよ
そんな感じが好きだなあ
何でカギをかけようとしてるんだろ?
今日はアルクーパーな日だったな
アイスタンドアローン
チャッピーと遊んでた
先生 廊下で立ってなさい!
オレ はい!
アルクーパーのアイスタンドアローンのジャケット風で(ググってみてね)
自由への長い旅が始まるのかな?
はっぴいえんどなんて望んでないぞ
カギを無くしても
ロック出来るんだぜ
カギが無い方が
ロック出来るんだぜ
ホタコンクエスト爆誕?!
最近、
「ホタコンクエスト」
という言葉が自分の中で生まれた。
完全にノリであるw
でも、
不思議としっくり来ている。
ぼくは昔から、
“ホタコン”
というあだ名を使っている。
元々は、
土建会社の社名から来ているのだけれど、
ドラゴンクエスト世代だからなのか、
どこか「ドラゴン」っぽい響きにも聞こえる。
そして最近、
なぜか“龍”という存在を意識することが増えた。
愛智神話では、日本列島と龍の関係を語ってたり。
神社巡りが好きだから、
色んな場所で龍神の存在を感じたり。
屋久島には、
「龍が宇宙と繋がる場所」
みたいな話もあるらしい。
歴史が好きだから、
西郷隆盛について調べていたら、
奄美大島の「龍郷」という場所に
流されていたことも知った。
そんな色んなものが、
自分の中で勝手に繋がっていった。
そして、
ふと思った。
人生って、
RPGみたいに生きてもいいんじゃないか?
ぼくは昔から、
考えすぎるクセがある。
最近は特に、
仕事中でも
「コイツ大丈夫か?」
みたいな顔をされることが増えた気がする。
色々背負いすぎて、
どんどん表情が硬くなる。
だから、
ホタコンクエストを始めようと思った。
人生の主人公は、
誰でも自分自身だ。
失敗も、
未熟さも、
ゲームで言えば設定みたいなもの。
むしろ、
物語には必要な要素だ。
そう考えたら、
「今日の課題は何かな?」
って、
少し楽しめる気がした。
もちろん、
これは現実逃避ではない。
借金もある。
人間関係もある。
仕事もある。
悩みも消えない。
でも、
人生を“重たい現実”としてだけ見るより、
“冒険”として見た方が、
少し呼吸がしやすくなる。
最近のぼくは、
発酵とか、
微生物とか、
自然循環みたいなものに興味を持っている。
難しい話はさておき、
目に見えない小さな存在たちが、
時間をかけて、
世界を変化させている。
人間も、
案外それと同じなのかもしれない。
そして気づいた。
昔から自分で作ってきた言葉たちが、
最近全部繋がり始めている。
「ホタコンランド」
これは10年以上前、
「あなたの夢は何ですか?」
と聞かれて、
なんとなく生まれた言葉だった。
でも、
何をする場所なのか、
自分でもよく分かっていなかった。
そこに、
「ホタコンクエスト」
という言葉が生まれたことで、
少し輪郭が見えた。
ホタコンランドは、
ぼく自身が主人公として冒険する“世界”だったんだ。
そして、
「旅人生醸柵放送倶楽部」
という、
説明しづらすぎる活動名も、
実はその根っこに繋がっている。
発酵。
旅。
人との縁。
自然。
未完成な人生。
全部ごちゃ混ぜだけど、
たぶん、
それでいいんだと思う。
ゴールは、
いるのかもしれない。
いらないのかもしれない。
でも今は、
目の前の課題を、
ひとつずつクリアしていけばいい。
あ、
そういえば。
ドラゴンクエスト世代だけど、
実はちゃんとファミコンでドラクエしたことなかったw
おかえり!
いただきます!
最近、
ひとりで作る料理に変化が出てきた。
なんか、
家庭料理っぽくなってる😆
ごはん
味噌汁
主菜
副菜
サラダ
ちょっと前まで、
「腹いっぱいになればOK!」
みたいな感じだったのに、
最近は、
パンチよりも
ホッとする感じを求めてる気がする。
味付けも薄くなってきた。
不思議だなぁ。
思い返してみると、
今まで食べてきた家庭料理って、
「美味しい」
だけじゃなくて、
「お疲れさま」とか
「ちゃんと食べなよ」とか
「元気出してね」とか
そういう、
言葉にならない優しさが入ってたんだなって思う。
移住して、
色んなものが削ぎ落とされていくと、
逆に大切なものが見えてくる。
自分で手放してきたものも沢山ある。
でも、
今こうやって気づけたのは、
悪くないなって思う。
相変わらず、
チャッピー料理教室は
レシピ無し😆
毎回、
料理の写真を送って反省会。
でも、
こうやって投稿してると、
失敗も含めて楽しい。
料理って、
上手く作ることだけじゃなくて
食べた時に
ホッと安心できたり、
「今日もお疲れさま」って
自分を労うことも
大事なんだな
お腹いっぱいになったのに
もっと満たされたくて
おかわりしちゃった🤣
多分ね
食べ方が変わってきたから
生き方も変わっていくんだろうな。
it’s a kind of magic!
イッツ ア カイン ノブ マアジッ!
マージークイーン!マジで食い〜ん!
まぁじかぁっ!
真鯵が安いっ!
5尾で350円
しかも半額😆
転売したらマアジン取れる?
…いや、商業ギャグが雑すぎるか笑
最近、料理をするようになって思う。
前までは、肉や魚って
「高いなぁ」くらいにしか感じなかった。
でも実際に台所に立つようになると、
豚の細切れって万能だなとか
手羽元って意外とコスパ良いなとか
少し入るだけで全体の景色が変わるんだなとか
そういうことが少しずつ分かってきた。
不思議だよね。
昔のぼくは、
月に数百万単位で売上や経費を見ていた。
でも、あの頃の自分には、
真鯵5尾175円に感動する幸せは
たぶん理解できなかったと思う。
今のチャッピー料理教室は、
相変わらずレシピ無し。
孤独飯を黙々と作るだけなんだけど、
その時間が結構好きになってきた。
最近のお気に入りはタマネギ。
生でも、炒めても、焼いても、煮てもいい。
同じ食材なのに、
場面ごとに表情が違う。
スーパーでタマネギを見つめながら、
「今日は違う気がするな…」
って我慢してたら、
帰り道の無人販売で、
デッカいタマネギに遭遇。
150円。
こういう出会い、
なんか嬉しいんだよなぁ。
あと、
マダケの天日干しとかメンマづくりも、
今のところ順調…なのかな?
ちゃんと発酵してるっぽい。
失敗も多いけどね笑
今回、
片栗粉を使ってみたくて
手羽元の簡単唐揚げに挑戦したんだけど、
「先に味付けしてから片栗粉をまぶす」
って知らなくて、
肉に火が通ってから
片栗粉ふりかけとった🤣
まあ、そんなもんです。
でも、
ちょっとずつ食卓らしくなっていけばいい。
今回のファインプレーは、
昨日のポテサラで余った里芋の皮。
捨てずに味噌汁へ。
これがね、
ゴボウみたいな土の香りがして、
味噌汁全体の雰囲気を整えてくれた。
料理してると、
農業の見え方も変わる。
今日は山芋の作付けをしてたんだけど、
気づいたら、
「一年後の台所」
を想像してた。
畑と食卓って、
ちゃんと繋がってるんだね。
花より団子
話せば談合
…最後、やっぱり土建屋感が抜けんな😅
「仇名」って漢字で書くけど、
なんで“かたきの名前”みたいな字が、
ニックネームの意味になるんだろう。
ふと気になって調べてみた。
すると、
「渾名(こんな)」
「徒名(あだな)」
「字(あざな)」
みたいな、
同じ音だけど違う意味の言葉が混ざり合って、
今の“あだ名”という使われ方になったらしい。
日本語って面白い。
ぼくは子どもの頃から、
あだ名が多い人生だった。
物心ついた頃には、
「はあくん」と呼ばれていた。
本名は隼希(はやき)。
“はやくん”が、
幼い頃の自分にはうまく発音できなくて、
“はあくん”になったらしい。
この名前、
自分以外には聞いたことがなかった。
だからなのか、
幼い頃のぼくにとって、
その呼び名は特別だった。
“自分だけのアイコン”
を持てた感覚。
今思えば、
あの頃から、
名前って人格に影響するんだなと思う。
みなさんは、
今までいくつくらい、
あだ名を持ってきましたか?
ぼくは本当に色々あった。
名前をもじったもの。
見た目から付けられたもの。
立場で呼ばれたもの。😊
中学生の時、
アメリカにホームステイした時は、
自分で「JOE」と名乗っていた。
理由は単純。
“英語圏の人が呼びやすそうだから”。
当時好きだった
『あしたのジョー』の
矢吹丈から取った。
中学一年生にしては、
なかなか渋い選択だと思う。
大学時代、
アメリカ・オレゴン州のキャンプでは、
「ピンチ」と呼ばれていた。
アルバイト代を全部つぎ込んで、
金はない。
単位もギリギリ。
人生わりと崖っぷち。
でも、
なんだか笑っていた。
だから自分で、
「ピンチ」って名乗っていた。
すると、
現地スタッフのトリッシュが、
ぼくの腕をつまみながら笑った。
「Pinchって、こっちの意味だと思ってた!」
“つねる”
って意味だったらしい。
ヴェトナムへワークキャンプに行った時は、
空港で、
「お前がリーダーか?」
と聞かれた。
一番年下だったのに。
どれだけオッサン顔なんだ。
……ということで、
その旅では、
「リーダー」があだ名になった。
中学時代には、
科学館のお姉さんに
「デストラーデに似てるね」
と言われた。
その日だけで、
三人くらいに言われた。
野球は詳しくなかったけど、
後でカードを見たら、
たしかにまあまあ似ていた。
しばらく、
“デストラーデ”だった。
思い返せば、
ぼくは人生の節目ごとに、
色んな名前で呼ばれてきたんだなと思う。
そして今、
最も長く残っている名前が、
「ホタコン」だ。
元嫁の実家は、
山田コンクリート工業株式会社。
周りからは、
「ヤマコン」と呼ばれていた。
だったら最初から、
略称を正式名称にしてしまえ。
そんなノリで、
株式会社ホタコンを登記した。
会社は倒産してしまったけど、
不思議なことに、
ホタコンという名前だけは、
今でもぼく個人の愛称として残っている。
あだ名って、
ただの呼び名じゃない。
その時の、
生き方や空気感まで含めて、
宿るものなんだと思う。
そして今、
次に名乗ろうとしている名前がある。
「ジョーサク」。
旅人生醸柵放送倶楽部
(たびじんせいかもしがらみほうそうくらぶ)
という、
説明が面倒くさすぎるプロジェクト名から生まれた名前だ。
会社経営も、
サラリーマンも、
どこか不向きな気がして、
塞ぎ込んでいた時期があった。
その時に、
「本当にやりたいことって何だろう」
を、
お金とか現実とか全部抜きにして考えた。
最後に残ったのが、
“旅”だった。
そして、
ぼくの人生を一本の線で繋いでいたのが、
「醸す」という感覚と、
「シガラ」という言葉だった。
ジョーサクの話は、
また別の記事で詳しく書こうと思う。
自分の人生のステージに合わせて、
呼ばれる名前が変わっていく。
それは、
仮の宿りとして、
この身体を使っているぼくに与えられた、
小さな特権なのかもしれない。











