ホタコンランドへようこそ!

ホタコンランドへようこそ!

屋久島の自然の中で気づくこと

名古屋にいた時はそれなりに人脈も多かったけど

移住したらそんな繋がりが激減した
でも、大切な人たちは、今でも声をかけてくれている

自然に感謝
人々に感謝

とりあえず、
自分を整えて
誰かのためになれる
自分でいたい

it’s a kind of magic!

イッツ ア カイン ノブ マアジッ!

マージークイーン!マジで食い〜ん!

まぁじかぁっ!
真鯵が安いっ!

5尾で350円
しかも半額😆

転売したらマアジン取れる?
…いや、商業ギャグが雑すぎるか笑




最近、料理をするようになって思う。

前までは、肉や魚って
「高いなぁ」くらいにしか感じなかった。

でも実際に台所に立つようになると、

豚の細切れって万能だなとか
手羽元って意外とコスパ良いなとか
少し入るだけで全体の景色が変わるんだなとか

そういうことが少しずつ分かってきた。

不思議だよね。

昔のぼくは、
月に数百万単位で売上や経費を見ていた。

でも、あの頃の自分には、
真鯵5尾175円に感動する幸せは
たぶん理解できなかったと思う。

今のチャッピー料理教室は、
相変わらずレシピ無し。

孤独飯を黙々と作るだけなんだけど、
その時間が結構好きになってきた。

最近のお気に入りはタマネギ。

生でも、炒めても、焼いても、煮てもいい。

同じ食材なのに、
場面ごとに表情が違う。



スーパーでタマネギを見つめながら、
「今日は違う気がするな…」
って我慢してたら、

帰り道の無人販売で、
デッカいタマネギに遭遇。

150円。

こういう出会い、
なんか嬉しいんだよなぁ。

あと、
マダケの天日干しとかメンマづくりも、
今のところ順調…なのかな?

ちゃんと発酵してるっぽい。





失敗も多いけどね笑

今回、
片栗粉を使ってみたくて
手羽元の簡単唐揚げに挑戦したんだけど、

「先に味付けしてから片栗粉をまぶす」

って知らなくて、

肉に火が通ってから
片栗粉ふりかけとった🤣



まあ、そんなもんです。

でも、
ちょっとずつ食卓らしくなっていけばいい。

今回のファインプレーは、
昨日のポテサラで余った里芋の皮。

捨てずに味噌汁へ。

これがね、
ゴボウみたいな土の香りがして、
味噌汁全体の雰囲気を整えてくれた。







料理してると、
農業の見え方も変わる。

今日は山芋の作付けをしてたんだけど、
気づいたら、

「一年後の台所」

を想像してた。

畑と食卓って、
ちゃんと繋がってるんだね。

花より団子
話せば談合

…最後、やっぱり土建屋感が抜けんな😅

「仇名」って漢字で書くけど、
なんで“かたきの名前”みたいな字が、
ニックネームの意味になるんだろう。

ふと気になって調べてみた。

すると、
「渾名(こんな)」
「徒名(あだな)」
「字(あざな)」
みたいな、


同じ音だけど違う意味の言葉が混ざり合って、
今の“あだ名”という使われ方になったらしい。

 

日本語って面白い。

ぼくは子どもの頃から、
あだ名が多い人生だった。

物心ついた頃には、
「はあくん」と呼ばれていた。

本名は隼希(はやき)。

 

“はやくん”が、
幼い頃の自分にはうまく発音できなくて、
“はあくん”になったらしい。

この名前、
自分以外には聞いたことがなかった。

だからなのか、
幼い頃のぼくにとって、
その呼び名は特別だった。

“自分だけのアイコン”
を持てた感覚。

今思えば、
あの頃から、
名前って人格に影響するんだなと思う。

 

みなさんは、
今までいくつくらい、
あだ名を持ってきましたか?

 

ぼくは本当に色々あった。

名前をもじったもの。

見た目から付けられたもの。

立場で呼ばれたもの。😊

 

中学生の時、
アメリカにホームステイした時は、
自分で「JOE」と名乗っていた。

理由は単純。

“英語圏の人が呼びやすそうだから”。

当時好きだった
『あしたのジョー』の
矢吹丈から取った。

中学一年生にしては、
なかなか渋い選択だと思う。

 

大学時代、
アメリカ・オレゴン州のキャンプでは、
「ピンチ」と呼ばれていた。

アルバイト代を全部つぎ込んで、
金はない。

単位もギリギリ。

人生わりと崖っぷち。

でも、
なんだか笑っていた。

だから自分で、
「ピンチ」って名乗っていた。

すると、
現地スタッフのトリッシュが、
ぼくの腕をつまみながら笑った。

「Pinchって、こっちの意味だと思ってた!」

“つねる”
って意味だったらしい。

 

ヴェトナムへワークキャンプに行った時は、
空港で、
「お前がリーダーか?」
と聞かれた。

一番年下だったのに。

どれだけオッサン顔なんだ。

……ということで、
その旅では、
「リーダー」があだ名になった。

 

中学時代には、
科学館のお姉さんに
「デストラーデに似てるね」
と言われた。

その日だけで、
三人くらいに言われた。

野球は詳しくなかったけど、
後でカードを見たら、
たしかにまあまあ似ていた。

しばらく、
“デストラーデ”だった。

 

思い返せば、
ぼくは人生の節目ごとに、
色んな名前で呼ばれてきたんだなと思う。

そして今、
最も長く残っている名前が、
「ホタコン」だ。

元嫁の実家は、
山田コンクリート工業株式会社。

周りからは、
「ヤマコン」と呼ばれていた。

だったら最初から、
略称を正式名称にしてしまえ。

そんなノリで、
株式会社ホタコンを登記した。

会社は倒産してしまったけど、
不思議なことに、
ホタコンという名前だけは、
今でもぼく個人の愛称として残っている。

 

あだ名って、
ただの呼び名じゃない。

その時の、
生き方や空気感まで含めて、
宿るものなんだと思う。

そして今、
次に名乗ろうとしている名前がある。

「ジョーサク」。

旅人生醸柵放送倶楽部
(たびじんせいかもしがらみほうそうくらぶ)

という、
説明が面倒くさすぎるプロジェクト名から生まれた名前だ。

 

会社経営も、
サラリーマンも、
どこか不向きな気がして、
塞ぎ込んでいた時期があった。

その時に、
「本当にやりたいことって何だろう」
を、
お金とか現実とか全部抜きにして考えた。

 

最後に残ったのが、
“旅”だった。

 

そして、
ぼくの人生を一本の線で繋いでいたのが、
「醸す」という感覚と、
「シガラ」という言葉だった。

 

ジョーサクの話は、
また別の記事で詳しく書こうと思う。

自分の人生のステージに合わせて、
呼ばれる名前が変わっていく。

 

それは、
仮の宿りとして、
この身体を使っているぼくに与えられた、
小さな特権なのかもしれない。

料理初心者&農業ビギナー vol.012

嗜好と思考の変化??!

自分で料理をするようになって、
感性がちょっと変わってきた気がする

今までは、
完成した料理を「食べる側」の人生だったから、
家庭料理を作る過程って、
ほとんど知らなかった

学生時代なんて特にそう

食事に求めるものは、

美味い!
好き!
お腹いっぱい!

ほぼこれ笑

とにかく満腹感が大切だった😆

社会に出て、
最初に酒の問屋へ就職してからは、
「酒に合うか」
みたいな感覚も増えた

マリアージュなんて言葉も覚えたけど、
今思うと、
言葉だけ知ってても本質はわかってなかったのかもしれない笑
離婚したのもそれが原因か??!笑

でも、
料理をするようになって、
一番変わったのは、
料理の“役割”を感じるようになったこと

味噌汁って、
ただ美味しいだけじゃなくて、
落ち着く役割があるんだなぁとか

温度とか、
舌触りとか、
余白とか、
まとまりとか、
空気感とか

料理しない男には、
未知の世界だった笑

今日は、
サラダにドレッシングをかけず、
キンカンジャムをのせてみた

味噌汁も、
少しずつ具材や味噌の量が減って、
なんだか落ち着く存在になってきた

気づけば、
「食べる」って、
ただ腹を満たすことじゃなくなってる

いただいてるんだなぁって思う

これ、
たぶん生き方とか、
農業にも繋がっていくんだろうな

でも、
そんなこと言いながら、
今日の昼のインスタントラーメンは、
かなり美味かったぞ🍜笑
はなしたくはない 
こんなにEveryday,Everynight♪ 
 
息が詰まる対話のない世界 
正論がとどめ刺す
気分はどうかい?
 爽快かい?
 
 生活するのがやっとでも
未来があると信じてた
 
立場なんていらない
魂を売るよりマシだから
 
この事業にかけてたんだ
必死で守ろうとした
でも 自らの手で汚してしまった
呼吸がとまるクレソン畑 
 
届かない
なんで一所懸命になっちゃったのかな
覚えてもくれないことに
 
体はボロボロ
心もボロボロ
 
人生をかけるとか
必死な自分がおどけて見える
 
おれ、頑張ってます
そうだね おめでとう
おれだけ頑張ってね
 
動物と植物はいいね
自分を守らないから
誰も傷つけない
 
生きるのが苦手なぼくは
どこに行けばいいんだろう 
 
離したくはない
話したくはない
放したくはない
話したくはない 
 
お前が悪い!
 
そうだね
 
どうしらいいかわからないの、、、
 
ごめんね
ゲッツ&ジルベルト&ワイルド&タフ

香りのこといいたいがために
このジョークは誰にも伝わらないだろうな笑

マダケは足が早いみたいで
無人販売で2日も置いてたら傷んでしまう
そんなマダケを棄てるのは勿体無い
かじりついても美味しいのに

で、
チャッピーに保存する方法を聞いた
色々とあるもんだね

天日干し、土佐漬け、オリーブオイル漬け、炊き込みご飯、メンマ、、、

提案してくれたの全部挑戦してみたよ
ワイルドだろぉ〜ぅ

ということで、
今日の晩飯は、
炊き込みご飯と土佐煮とゴボウの味噌汁

冴羽獠じゃないけど、香を大事にしてみた

ら、余韻がいいんだね
1時間以上経ってもまだ口の中に味が残ってる

マンガもアニメもボサノバも音楽も
色褪せないものたちがあるんよね

シティーハンター?
屋久島は真逆な環境だけど?

旬を知るのが幸せなのさ

題材が古いとか言わないで笑

カレーライス

ずっと前から好きでした笑

初めて一人で作ったのは、
大学で下宿生活を始めた頃

「カレーくらいなら何とかなるだろう」

と思って、
カレールーの箱を見ながら作った記憶があります

でも、
翌日には鍋の中が白カビだらけ😇

真夏でした笑

あの時ぼくは誓ったんです

「こんないい加減な人間が、
料理なんてしてはいけない」

って笑

それ以来、
洗い物はするけど、
キッチンにはあまり踏み込まない人生でした

そんな僕が今、
屋久島で料理をしている

不思議

最近カレーを作りながら思う

カレーって、
かなり強引な料理だなって笑

ちょっと味がズレても、
多少ごちゃごちゃしてても、
スパイスが全部まとめてくれる

でも、
ただ強引なだけじゃなくて、
実はそこに色んな想いが混ざってる

学生時代の記憶とか、
作ってくれてた人のこととか、
当時の空気感とか

そういうのも、
一緒に煮込まれてる気がしちゃう

だから、
カレーって不思議と安心するのかな

華麗なるコミュニケーションって、
案外こういうことなのかもしれない

カレーは「全部を飲み込むコミュニケーション」なのかもな

最近、
料理初心者としてカレーを作りながら、
ふと思った

カレーはかなり“強引”な料理

多少味がズレても、
具材の組み合わせが変でも、
スパイスが全体をまとめてしまう。

でも、
それが雑という意味ではない。

むしろ逆で、
カレーの中には、
作った人の記憶や感情や生活感が混ざっている。

学生時代、
初めて一人暮らしで作ったカレーは、
翌日には白カビだらけだった。

当時の自分は、
「自分は料理に向いていない」
と本気で思った。

でも今、
屋久島で再び料理をしながら感じる。

料理は、
“完璧に伝えること”ではなく、
“混ざり合うこと”なのかもしれない。

これは発信も同じだ。

本当は、
伝えたいことなんて山ほどある。

でも、
全部を説明しようとすると、
逆に何も届かなくなる。

だから人は、
言葉に「香り」を混ぜる。

比喩や余白や、
生活感や笑いや、
断片的な記憶を入れる。

すると、
読む側が自分の記憶で補完し始める。

カレーも発信も、
少し似ている。

全部を整え切らなくても、
スパイスの香りが届けば、
それで成立することがある。

華麗なるコミュニケーションとは、
案外そういうものなのかもしれない。

ChatGPTと会話していて気づいたこと


最近、
Facebookに投稿した内容を、
アメブロやnoteにも変換して投稿している。


同じテーマでも、
媒体によって空気が違うから。


Facebookは、
知り合いが多い場所。


だから、
なるべく生々しく、
「今こんなことを感じてる」
をそのまま出している。


アメブロは、
内容そのものというより、
“人となり”を読まれる感じがする。


noteは、
気づきや学び、
有益性みたいな部分が強い。


そんな使い分けを、
何となくやっていた。



で、
今日、
そのことをChatGPTに説明していた。


すると、
「そのルールを覚えておいて」
と言うだけで、
次回以降も反映できるらしい。


メモリー保存という機能らしい。


それを聞いた時に、
ちょっと面白いなと思った。


ぼくは、
ChatGPTに対しても、
かなり曖昧に会話している。


プロンプトを細かく設計するというより、
雑談みたいに会話しながら進めている。


だから、
「なんでそうなるねん!」
みたいな、
見当違いな返答が返ってくることも多い。


でも、
それって、
人間同士でも同じなんだろうなと思った。


相手の返答って、
結局、
自分の伝え方の結果でもある。


自分では伝えたつもりでも、
実際には曖昧だったり、
説明不足だったり、
前提を共有してなかったりする。


今こうして書いている文章だって、
読み手からしたら、
「ん?どういう意味?」
ってなる部分もあると思う。


でも、
AIと会話していると、
そういう“自分の雑さ”が、
結構ハッキリ見えてくる。


なんだか、
AIを使いながら、
人間の会話を学んでいる感じがする。


ちょっとした発見だったので、
備忘録として残しておきます😁


八十八夜に始めたこと。


節目のたびに、
立ち止まってしまう。


そんな自分だからこそ、
今回は“小さなこと”を始めることにした。


ChatGPTは、
「まずは3つだけにしましょう」
と言った。


だから素直に3つ考えた。


なのに最後、
なぜか1つ追加してきた。


お前が3つって言ったのに、
なんで増やすねん!!


……と、
静かな部屋で1人、
心の中でツッコミを入れていた。


その時に始めた4つのこと。


① 朝起きたら呼吸を意識する
② 鏡を見て、自分に「ありがとう」と言う
③ 誰か1人を思い浮かべて「ありがとう」と言う
④ 土と水に触れて、空を見る


それぞれ、
今の自分に必要なことだった。


① 呼吸を意識する


自律神経の中で、
唯一、自分の意思で整えられるのが呼吸らしい。


今のテーマは、
「自分を整えること」。


だから朝、
呼吸を意識して、
今日を少しでも良い日にしたいと思った。


② 自分にありがとうと言う


ぼくは昔から、
周りに合わせすぎる。


空気を読んで、
人に合わせて、
気づけば疲弊している。


でも、
自分を大切に出来なかったら、
誰かを幸せにすることも難しい。


だから、
まずは自分から。


③ 誰かを思い浮かべて感謝する


今のぼくは、
少し“孤独フェーズ”にいる。


人と集まるのが好きだった。
酒を飲みながら、
くだらない話をするのも好きだった。


でも今は、
自分で距離を取って、
静かな環境を選んでいる。


だからこそ逆に、
これまで出会った人たちへの感謝が浮かぶ。


④ 土と水に触れて空を見る


屋久島で農業をしていると、
土も、水も、空も、
すぐそばにある。


でも、
近くにあると、
人は当たり前にしてしまう。


だからこそ、
ちゃんと触れる。


なるべく新鮮な気持ちで。


とりあえず、
1週間続いている。


まだ、
効果はわからない。


でも、
人ってきっと、
こういう些細なことから
少しずつ変わっていく。


そんな気がしている。


今の自分には、
そのくらいの“ゆるい希望”が、
ちょうどいい。


記憶を辿る

料理初心者といっても、
ぼくらは毎日ずっと
料理を「見て」「匂って」「食べて」生きてきた

だから、
写真を見るだけでも
脳みそがなんとなく味を想像してくれる

今日はエスニックスープにチャレンジ

昨日の和風鍋を
中華風に味変して、
さらにそこからアジアンテイストへ

ナンプラーとかヌックマムがあれば
もっとアジア感が出そうだったけど、
屋久島の近くのスーパーでは見つからなかった笑

ぼくの中で
一番「アジア」を感じる味は、
学生時代に行ったホーチミンの記憶だ

香菜がたっぷりで、
薄味でさっぱりしていて、
やたらともやしが多かった

チャットGPTに相談して、
スープを水で少し薄め、
生姜を気持ち多めに入れる

もやしを入れて、
最後に三つ葉をサッと火に通す

和の食材、
屋久島の食材なのに、
あの時のヴェトナムの空気が少し蘇る

料理って、
「味」だけじゃなく
記憶まで呼び起こすんだなと思った

ひとり鍋は具が残る

でも、
体験はちゃんと記憶に残る

料理が活きる
生きるが料理になる

あと、
太めのハチクと
細めのハチクでは、
固さやえぐみが結構違った

味付けや火の入れ方も変えてみたけど、
これに関しては前例が見つからず、
料理初心者としてはかなり新鮮な体験だった
今日は、ささっと作れるもので夕飯。

インスタントラーメンに、
冷蔵庫にある具材を放り込んでみた。

キャベツ  
タマネギ  
もやし  
マダケ  
手作りメンマ  
たまご  
ネギ  
ミツバ

切って、
入れる順番を考えながら進めていく。

最初にざっくりイメージを作って、
あとはその場で量やサイズを決める。

なんかジャズみたい。

今回は調味料を追加しなかった。
インスタントラーメンの粉末スープが完成されてる気がして、
余計なことをしない方がいいと思ったから。

最近ちょっとずつ、
素材の役割が見えてきた。

甘味  
旨味  
歯応え  
香り  
フレッシュ感  
まとめ役

それぞれが、
どのタイミングで入ると活きるのか。

料理って面白い。

でも、これ、
畑づくりにも似てる気がする。

水の流れ  
太陽の光  
気温  
雑草  
虫  
細菌

全部コントロールは出来ない。

でも、
観察しながら整えていく。

有機農法って、
何かを大量に持ち込んで解決するというより、
今ある環境をどう活かすかを考える世界。

料理も、
人生も、
経営も、
ちょっと似てるのかもしれない。

昼間は、
屋久然ライフのカフェメニューを参考に、
クレソンサンドにも挑戦。

マニュアル化されていない、
タイミングやボリューム、
重ねる順番を確かめながら作ってみた。

まだまだ分からないことだらけ。

でも、
今の自分には、
こういう時間が必要なんだと思う。