夕方、社長は帰り際に僕と味噌ラーメン先輩に話しかけてきた。
「明日、うなぎを食いに行こう。その時、金一封が出るかもよ」
うなぎは正直どうでも良かったが、その、文末の「金一封」が気になった。恐らく立ち退きAND引越しの手当てだろう。果たして、いくらくれるのか…。10諭吉？いやいや社長はどケチだから10諭吉はくれないだろう。リアルに5諭吉、最悪は3諭吉ってところか。帰りの電車の中ではすでに「取らぬ狸の皮算用」が脳内で猛烈に進行していた。仮に10諭吉だった時の買い物シミュレーションを念入りに行った。
まず、念願だったモノ。スタジオのロッカーに置きっぱなしにする安いサブのベース選びだ。予算は2万くらい。フェルナンデスのRJB-380Vあたりがいいだろう。
▼RJB-380V
あとはG-SHOCKを1本買う。ミッションインポッシブル2モデルだ。これとオークリーのメガネで俺は晴れてイーサン・ハントになれるのだ。20時間を逆算ストップウォッチでキメラウイルスゴッコができだろう。
▼GW-6900-1
それから、タミヤのエアブラシが2.5諭吉だろ。おっと！10諭吉ならここまでにしとこうか。布団で考えていたら、なかなか寝付けなかった。
翌日は寝坊もせずに出社して、忙しく釣り雑誌用の地図を描いていた。社長は早めに鰻屋に行って待ってるから11時30分に来いと言い残して出て行った。
11時25分に出ようと思ったら味噌ラーメン先輩が25分ジャストに出やがった。一緒には出たくないので、仕方なしに3分ほどずらして28分に出た。昨夜はあれから5諭吉だった場合のシミュレーションもしていて、あまり寝ていない。
雨の中、ふらふらと徒歩5分の鰻屋まで歩いた。社長はすでに着いていて、味噌ラーメン先輩と昼からビールをやっている。
鰻屋で昼からビール。
これは金一封も確変モード突入じゃねーの？
空いている奥の席に味噌ラーメン先輩と横並びに座る。ビールをコップ半分いただき（仕事中にビールを呑むと極端に作業ペースが落ちるのを社長は知っているのでコップ半分なのだ）、乾杯する。もちろん、僕と3年間喧嘩している味噌ラーメン先輩とはグラスをタッチしなかった。まだ、内戦は終わっていないのだ。そして、社長は語り出した。
社長「立ち退き費用が半額振り込まれた。諸君らにはこれから面倒だが、引越しをしてもらわなければならない。その際の手間賃を…」と、ここで、出来上がったうな重が先に2つ、店のオババによって運ばれた。さらに付け加えるとうな“丼”ではなくうな“重”である。
しっかし、クソババアー！空気読んで配膳すれや！ぶっ殺すぞ！ワレッ。と思いながらババアに絶妙なタイミングで金一封の受け渡しを外された。
社長はもう一度仕切り直して「そいで、その際の手間賃だが…」と懐に手を入れて封筒を手にしたところで、またババアが残りの一つを配膳してきた。
おい！
ファッキンシット！
クソババア！
表に出ろ！鰻屋の店先で尻ひん剥いてスパンキン、スパンキンしてやるっ！とは思ったが、2回目は予想もできていたので配膳を待ってから、社長は封筒を、味噌ラーメン先輩と僕に渡した。
その封筒はかなり分厚かった。
もう一度言うが、
封筒はかなり分厚かったのだ。
うな重をサッサと食べ、事務所に戻る。MA-1の内ポケにはずっしりと重みがあった。トイレに行くふりをして便座に座り、やにわに内ポケから封筒を取り出した。まだ安心はできん。全部千円札という場合だってある。なにせ、社長は自分にはべリィべリィスイート、社員にはべリィべリィソルティなのだ。コピー用紙を切ってアンコにしてる可能性だって0%じゃないだろう。
分厚い封筒を開けるとちゃんと万札が入っていた。
僕は銀行員のように札の端に小指を引っ掛けて数える。もう10枚じゃないってことだ。
5みゃーい、
10みゃーい、
20みぃやーい、
30みゃーうぃ、
え？まだあるよ！
40、
49、
え？よ49？なんで？
これは多分数え間違いだろう。
実際は50枚あった。
おいおい
立ち退き
悪くねーなー！
悪くねーよなー！
いや、
全然悪くねーなー！
しかしこれは、今朝まで計算していた10諭吉の皮算用が一気に決壊した瞬間でもあった。
つづく
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