苦しみや哀しみを悪だと決めつけているのが観えてくる苦しみや哀しみを悪だと決めつけているから、つまり、二元に分けているから自ずを信じる事ができないんだ。自ずを信じるとは、善因善果、悪因悪果、という自ずを信じる訳だから、苦しみ、哀しみが来たら、何処かで悪因悪果の捉え方をしたんだな、とだけ思えばよく、その因を探して、反省して、次に失敗しなければよく、自分という存在そのものの否定とは全く次元が違うのに、これが、一色単になってしまっているのが観えてきた。次は苦しみ、哀しみが来たら、 こうやって客観的に眺めてみよう。