苦しみが減ってきても、
怠惰に空虚に流されなくなってくると、
より自己を直視できるようになり、
より自己を直視すると、
どんだけ自分に甘いのかも
観えてきてしまう。
これでは、誰の役にも立てないし、
誰かの役に立とうなどというのは
傲慢の自惚れなのもわかってくる。
それは、ベースが卑屈だから
その裏側には、
こんなはずじゃない
自分はもっと価値ある人間だ、
という傲慢さがあり、
そういう思い込みから
解放される準備が整ってきたと
いう事なのかもしれない。
もしかしたら、
ありのままの等身大が
観えてきたのかもしれない。