苦しみの因を頭で理解できると、
昔は喜びがきて、素直に行えるから
修行がどんどん進んだ。
だが、修行が進めば進むほど、
前の感覚に戻ってしまう
無限ループに陥ってくる。
そして、禅のような
意味を考えない、空の大事さが
理解できて、また素直にやれるから
修行が進んでいった。
だが、修行が進んでいくほど、
無になどにはなれない事
もわかってくる。
今は、頭で論理で理解してしまうと、
結果的に後でより苦しみがくるのが
わかってきてしまい、
素直になれない。
多分論理で納得したくなる、
という事自体が操作主義の損得勘定で、
無駄な事をしたくない、とか
もう失敗したくない、とか、
無意識にそういう
善悪の二元の思考が
心の奥深くにあるんだろうな。
さぁここをどう打開していくかだな。