生きるとは、攻撃と防御、闘争か逃走か?の判断決断ゲームだったんだ | 『唯唯普通に生きる』

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肯定も否定もなく、スッとやる、をモットーに今日の自分を超えていく為の独り言です。

結局生きるというのは、


攻撃と防御、

つまり、闘争か逃走か?を


判断、決断していくゲームみたいな

もんなんだな。


これが生きている状態で、

このリスクを取らないで、

魂が眠ってしまうと、


生きる本質からどんどん

離れて、目的と目標が

わからなくなる。


そうすると、


心が散乱→懈怠が発生


→これを感じたくないから、

→酒、女、娯楽、無理な頑張り、

人を攻撃する、鬱病になる、

などで、気を紛らわしていく


→固定観念がどんどん積み上がり、

強烈な自我意識が育ってしまう


→ 素直になれない、やり切る力がつかない、

逃げ出したくなる、 


→人と比較して優越感か劣等感か?

馴れ合いか? みんな同じだと

勝手に落ち着かせる。


まさに、

唯識学で定義してある通りだな。


だから、やる事は、

七科37道品のメニューから

今何が必要か?を

チョイスしていけば、

その37品の中に必ず

今必要なものが見つかる。


心身がぶっ壊れた事で、

この一連のシステムを知れた事が、

壊れた意味であったのだ!


この防御があるから、

ここからは、思い切り

攻撃に転じてもよいな。