真理は、誰かの為や何かの為を
超える事なんだ、と改めて気づいた。
太郎さんが、絵を描いていたのは、
評価される為に描いてないし、
誰かの為には描いてないと言う。
評価される為に描く事は
模倣だと言う。
本物の仕事というのは、
真理の追求であって、結果的に
誰かの為になっているだけであり、
真理を掴んでいない人が、
はじめから誰かの為というのは
迎合であり、その裏側には傲慢さが
あり、自分の事しか考えてない保身で
あって、
無意識が、そんな些細な事に
惑わされているから、いつまで経っても
自ずという感覚がわからないのだ。
真理は、誰の為でもないし、
それを純粋に掴みたい、
という純粋な強烈な欲求を
心の奥深い所から
興し続けられるか?
本物の人というのは、
唯それだけなんだな。