感情というものは、相対的なのが観えてくる | 『唯唯普通に生きる』

『唯唯普通に生きる』

肯定も否定もなく、スッとやる、をモットーに今日の自分を超えていく為の独り言です。

約束の時間より

だいぶ早く準備も終わり

優雅に喫茶店でモーニングなどを

楽しんでいたら、


予定より少し速く着きそうだ、

との連絡がある。


約束の場所までは、約5キロあり、

公共交通機関もない場所で、

かつ今日は足がない。


困ったが、仕方ないから

5キロを走る。


最近は毎日2キロぐらいを

ゆっくりペースで走ってはいるが、


強度を上げるランニングは

体が重くて中々できていなかった。


が、

今はそんな事は言って

られないから走る。


だが、脚が重くて

中々進まない...      


なんとか間に合って到着するも、

約束の相手が中々こない... 


渋滞にでもハマっているのか?


と考えながら待っていると、


電話が鳴り、


この場所のタスクはすませて、

もう次の現場に向かった、という

電話だった... 


えー 折角5キロ走ってきたのに

いゃいゃ、予定が変わるなら

連絡するのは、人間としての当たり前の

礼儀でありルールでしょ、


とは思いながら

仕方ないから、出発地点に戻る方向の

次の現場まで3キロ走る。


朝っぱらから8キロランニングかよ、

と思いながら、


だが逆説的なんだが

段々と脚は軽くなってくる...


やはり体や精神は、環境に適応するのを

改めて実感する。


そして、最後の2キロは

自転車で移動できて、

自転車の軽快さを改めて実感し、


自転車がこんなに快適な乗り物だった

のを痛感して幸せを感じていると、


やっぱり感情というのは、

常に相対的な事でしか判断できないし、


何を持って幸せなのか?

という基準が、

いい意味で、

よりわからなくなってきた。


そう考えると、現代人は、

文明の利器に頼りすぎ、依存しすぎで、

それすらに気付けなくなっていると

実感するし、


スマホやPC、SNS、など

無意識に見過ぎてしまうし、


ブログも、多分無意識に孤立しているから、

人に話せない感情を、きままに書きすぎて、

書く事に依存してるのかもしれないから、

少し頻度を落とした方がいいかもしれない。