自我意識というものの正体 | 『唯唯普通に生きる』

『唯唯普通に生きる』

肯定も否定もなく、スッとやる、をモットーに今日の自分を超えていく為の独り言です。

自分がよくなる為にどうするか?


という自分というものを考えると、


どうしてもエゴイズムと無意識に

結びついてしまう感覚があって、

やり切る最後の最後に爪が甘くなり、

やり切れない自分がいるのだが、


これは、エゴイズムと感じる事で

向き合う事から逃げているのか?


我欲に自己洗脳がかかってしまう事を

恐れているのか?


それか本当にエゴイズムなのか?


もはやわからなくなっていたが、

自分がどうこうでなく、
崇高さ、高貴さ、の哲学に
自分を合わせていく、それに少しでも
近づけるように自己の甘さと戦っていく、

と捉えると、

自分がよくなる為とか、
過去の後悔や将来の不安とか、
そんな事に意識がいかなくなり、

崇高さ、高貴さ、
これに向かっていく為の活動的な
野蛮性、この3つに意識が向いていき、

努力している感覚とかが本当に
無くなっていくのが、少し分かり出す。

この脳波がデフォルトになったら、
これこそが、ミッドアルファ状態なのかも
しれない。