一番の当事者が、
自分で自分の言ってる
本当の意味もわからず、
究極の他人事で、
その刺激をうけ続けながらも
これさえ人のせいにしないという事を
受け入れるのに過去は究極に苦しまされた。
だがこの苦しみのお陰で強さを
身につけられた。
最後は、またもや
責任者でありながら、責任の本当の
意味もわからず、それを学ぼうともせず、
言い訳には聞こえないように無意識に
情報を細工して、
言い訳ばかりして言い逃れ、
必要な事はせず、自分がやりたい我儘な事
ばかりしている人がいる。
だが、この当事者でありながら、
究極の他人事であってくれるのが
因となって、自分が
覚醒できる感覚が身につき出してる。
覚醒できると思うと
軽安の想念になって嬉しいし、
これが自分が覚醒できる因になるのだ。