新たな戦いのスタートが現象化している | 『唯唯普通に生きる』

『唯唯普通に生きる』

『感情』を超えていきたい人の戯言です。

好かれようとか

嫌われないように、とか

そういう感情を超えて、


正しい事は正しいと言う、

間違えている事は間違えていると言う、


という事を臆せず行っていきなさい、

という釈迦からの指令が重なって現象化

している。


これは、次のステージの戦いのスタートが

幕を切ったという事なのだろう。


もはや自分は一度死んだ訳だから、

自分の事などどうでもよくて、


周りがよくなる為のエネルギーを

出し続けられるように、

信忍からやり直しだ。


次こそは、信楽の境地に行き着いて

そこから戻らない状態を作る。


そうしたら、信欲の世界が

待っていて、


信欲の境地が不退転に

なれば、


頑張らなくても、水源みたいに

毎日エネルギーが出てくるから、

その水で人々を潤す事が出来る。


その先は、本物の精進に入れるので、

そこまでいけたら、

はじめて念の意味がわかり、

信念が強固になるのだな。


それがデフォルトなれば、

毎日が禅定だから


智慧が自然に湧き出てきて、

その智慧で慈悲心をより強くする事が

できる。


これは、


五根五力という考え方だが、

誰もが等しく真理を得られる根は

持っていて、それを力にできるか?

できないか?は、自分次第という教えだ。


先は相当長く険しいのが

容易に想像つくが、


釈迦が残してくれた教えで

生きていく事はもう決めた事なので、

この道を行くしか道はないのだ。