勘違いしたヤシの木の覚悟を思い出そう | 『唯唯普通に生きる』

『唯唯普通に生きる』

『感情』を超えていきたい人の戯言です。


宮崎の青島に折れ曲がったヤシの木がある。



前側に生えてるヤシの木は、

木が太く短くても十分に太陽を浴びれるが、


後ろ側に生えてるヤシの木は

細く長く上に成長しないと太陽を浴びれない。


そして、この折れ曲がったヤシの木は

丁度中間地点に生えていた。


よく観ると、始めは太く短く成長しだしたが、

多分途中でこれでは太陽を浴びれないと悟り、

上方向へ戦略を変更したと考えられる構造だ。


植物は移動する事ができないから、
そこで生まれ落ちれば、一生その場から
離れる事なく一生を終えるが、

その場でもなんとか生き抜こうとする
意思が見えて、勇気をもらったのを
思い出す。

自分も、
自分が卑屈であったから、
表面上の優しさや、自分の依存心から

本質は傲慢な人を見抜く事ができず、
自信がある真理を得た人
と勝手に祭り上げて

それが違ったら勝手に裏切られたと
落胆して、

もはや自分の事なのに
喜劇の演劇を見ている気分にも
なってきている。

御釈迦様はじめ、偉人の教えのおかげで
螺旋階段をあがらせて頂いているので、

前とは比べものにならないぐらい
心が成長している実感もあるが、

現象としては、全く同じ現象がでている。

だが、
その場を離れず、この場で何ができるか?を
このヤシの木の覚悟のように、
意地を見せてみよう。